大崩海岸の崩落現場 関連ブログ・参考リンク
http://www.toy-train.com/sb/log/eid924.html
やがて平らになり工事中の一方通行の区間を過ぎると2軒の廃屋が。崖の上に建てられた家で、海側は崩れていました。
http://img.wazamono.jp/touring6/futaba.php?res=7129
上の写真のでっかいホテルの下の崖にひしめく廃墟群。ここに住みたいと思った私は変態ですかね?
http://yamaiga.com/road/ookuzure/main6.html
2008年2月25日 道路レポート 静岡県道416号静岡焼津線 大崩海岸. この隧道でも、昭和46年の大崩落後に点検を受けた際に多数の亀裂が発見され、何らかの対策が必要であるということが「 廃墟讃歌 廃道ビヨンド 』が、3月4日発売です! . 構造物自体が小さく、例の災害現場からも少し離れているせいか、内部はさほど荒れてはいない。
http://blog.livedoor.jp/kuubohosiina/archives/47525292.html
5 日前 14 不便を考えて早く開通したいのだろう。 24時間体制の現場だ。 15 崩落個所の写真、ここまで酷いとは!! 確かにこれなら治すよりトンネル掘った方が良さそうだ。 16 このトンネルも廃道になるのだろうか。 17 眼下に望むたけのこ岩。 18
http://rdsig.yahoo.co.jp/rss/l/blog/search/article/item/RV=1/RU=aHR0cDovL2Jsb2dzLnlhaG9vLmNvLmpwL2dhYmlnb25fczcvOTg2ODQuaHRtbA--
【2010/10/4】;大崩海岸;ぜひ行ってみたいところのひとつでした。しかし埼玉の西武線沿いにある自宅から片道約200キロ。原付バイクで気軽に行ける距離ではあ
http://kagi.blog14.fc2.com/blog-entry-11.html
旧東海道 :第八回目 街道のトンネルで油売り?(石部/磯浜トンネル編) ほんとうは・・・ ついつい寄り道?の巻き! :明治22年、焼津~静岡間に、新
http://bc111gdr.blog.fc2.com/blog-entry-27.html
大崩海岸は、静岡県静岡市と焼津市の境にある断崖絶壁の海岸であり、その様子から「東海の親不知」と呼ばれることもあるようです。 晴れた日には
https://yamaiga.com/road/toume/main.html
道路レポート 静岡県道416号静岡焼津線 浜当目トンネル旧道 前編所在地 静岡県焼津市探索日 2017.6.17公開日 2017.6.22トップ>目次>前編/東海道の“頸動脈”に現れた、最新の廃道!今回紹介する廃道は、現役時代に自転車で通行したことがあるばかりか、レポートもしているという、「山行が」史上において希有なケースである。オブローダーとしての活動歴が長くなれば、自然とこの手の廃道が出てくると思っていたが、サイト公開から17年目にしていよいよの登場だ。“以前のレポート”とは、9年前の平成20(2008)年2月に探索および公開した「静岡県道416号静岡焼津線 大崩海岸」である。その第1回後半から第2回前半にかけて、今回紹介する区間を現道としてレポートしている。その中では「陸と海の鬩(せめ)ぎ合いの合戦場」という表現や、「ギコギコ」という独特の擬音でもって、険しい地形条件と折り合いをつけながら頑張る古い道の姿を紹介した。大崩という地名の通り、過去にも大きな崩壊を繰り返し、通行人に犠牲を強いることもあった険しい海岸の斜面が、数十年ぶりに道への反旗を翻したのは、私の探索から5年半後の2013年10月15日のことであった。道の崩落を伝える第一報を当時の地元紙「静岡新聞」のネット版から拾ってみよう。〔台風26号〕焼津・大崩の県道、全面通行止めに(10/16 12:33) 県は16日、焼津市浜当目の県道静岡焼津線(旧国道150号)で、 道路の沈下を確認したと発表した。台風26号で地盤が緩んだためとみられ、県は現場を中心に静岡市駿河区石部までの1・2キロを全面通行止めにした。復旧 のめどは立っていない。現場は大崩海岸沿いを走る県道で、同市の当目トンネルから北約200メートルの地点。県道路保全課によると、長さ50メートル、幅 6メートルにわたり約40センチの深さで沈んでいた。15日夜、焼津署からの通報で同課が確認した。当目隧道の北約200m地点の道路が長さ50m、幅6mにわたって、約40cmの深さで沈下したことが確認されたことから、現場付近の1.2km(たけのこ岩トンネル北口~当目隧道南口)が全面通行止...トンネル」のように、何らかの道路災害からの復旧を目的に架設された橋なのかも知れない。そしてこの唐沢桟道橋の真価は、おそらくここからの進行方向の眺めにある。見よ。廃道と命運を共にするしかなかった“彼ら”の姿を。これは当目隧道の南口と、その前の絶壁に建ち並んでいた休憩施設たちである。前回のレポートでは触れなかったが、当目隧道南口の陸地などほとんどない急斜面には、この道のかつて非常に往来が盛んだった時代の名残だろう数軒の家屋が建ち並んでいたのだ。それらは9年前の探索時点でも半分くらいは廃墟然としていたが、営業を続けているお店もあった。それだけに私は今回の道路陥没のニュースに触れたとき、密かに彼らの行く末を案じていたのだったが…。…やはり、この立地は放棄されるより他に道はなかったようである。これまでの険しくとも平和な展開からは一線を画する、濃密な廃の眺め。そして、このことを合図にでもしたように――足元の路面にも変化あり。これまでは、繁茂していても両側の路肩周辺に納まっていたクズたちの大洪水!大反乱!まるで、この先は通れないのだと、無言の圧力を掛けてくるかのよう。さらによく見れば、そんなクズの道の先には、道を塞ぐような、しかし捨てられたようでもある木製A型バリケードやら、斜面に怪しく傾斜する電信柱やらが、見え始めているのであった。全ては、末端であるということだけを、声高に叫んでいた。あの日、先代の愛車が一呼吸で通り過ぎた場所は、全て変容を遂げていた。16:33 《現在地》長生きした道を一撃で廃道へと堕とした、長くこの地の道と付き合ってきた管理者でさえも現状復旧を諦めねばならなかった、それほどの道路崩壊が、みえてきた。旧道北口よりおおよそ500m地点、廃道の原因となった路盤陥没現場へ到着。中編へトップ>目次>前編/ お読みいただきありがとうございます。当サイトは、皆様からの情報提供、資料提供をお待ちしております。 →情報・資料提供窓口このレポートの最終回ないし最新回の「この位置」に、レポートへの採点とコメント入力が出来る欄を用意しています。あなたの評価、感想、体験談などを、ぜひ教えてください。【トップページに戻る】
http://likeanimesong.blog.fc2.com/blog-entry-17.html
名は体を示すというのなら、得てして地名もそうなのだろうか。その土地の名は「大崩」という。2013年の風雨被害により崩れた現代道路のディストピア、県道416号線旧道と崩落現場の訪問記録。先ず現場に到着したとき、差し当たって驚いたことと言えば旧道へ続く道、「当目トンネル」への門戸が開いていたことだ。私が確認する限り閉鎖以降このフェンスドアーが開いていたのを見たことは一度もなかった。それが今回開かれているのだ。用宗側からの侵入を諦めた僕にとって何と幸甚なことだろうと、無論有り難く入らせてもらった。当目トンネルは昭和9年(1934年)の竣工。トンネル内部はというと、いかにもその年季を感じさせるような凹凸具合であった。