http://lakugaki.web.fc2.com/atagotetsudou/atagotetsudou.htm
当時、愛宕山々頂付近にスキー場もあり、ケーブル愛宕駅にはロッジホテルがありました。昭和19年(1944年)2月、軍への鉄材供出の為?に鉄道と共に廃線となりました。今回の愛宕山鉄道、愛宕山ケーブル、愛宕山スキー場跡は、今は亡き親父と子供の頃、何ツ黴
https://ameblo.jp/julpy/entry-12581251588.html
この辺りに「愛宕山スキー場跡」という立派な看板があったと思うのだけど、見当たらないまま樒原と水尾の分岐点についてしまいました。 あの立派な看板は、もう少し地蔵山の方に行った所にあるらしいです。 タイトルに「愛宕山スキー場跡」とつけましたが、今回実際に見る事は出来ませんでした。 樒原と水尾の分岐点からはずっと下りです。 ここからは初めての道でワクワクです。地図を眺めてはどんな道なのか想像していたのです。
http://kyoto-cruise.sakura.ne.jp/data/099atago_skijo.htm
かつての京都市内には、たくさんのスキー場がありました。中でも伝説的に語られるのは、愛宕スキー場です。現在の愛宕山は山頂に到るのにも数時間を要しますが、戦前はケーブルが引かれ、山頂付近にはホテルも建てられていました。そんなリゾート地に愛宕スキー場があったのです。そうした隔世感からだけでなく、ここが特筆されるのは、開設を指導した中山再次郎が日本にスキーを広めた第一人者だったからです。 いまや往年の面影も残らないスキー場跡を訪れて、昔の賑わいに思いを馳せ、先人を偲ぶのも趣のあることではないでしょうか。なおかつてはスキー場に中山再次郎の胸像が設置されていたそうですが、それと同じものが現在の伊吹山で確認することができます。というのも伊吹山スキー場もやはり中山が指導した場所だったからです。