昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡) 概要・歴史

昭和橋は新潟県東蒲原郡阿賀町(旧・津川町)の吊り橋跡。阿賀野川にかかっている。

1929(昭和4)年または1934(昭和9)年に昭和電工鹿瀬工場によって、阿賀町(旧・津川町)大牧地内の阿賀野川に架橋された。当時、鹿瀬工場は「石灰窒素」という化学肥料を製造しており、その原料の石灰石を阿賀野川左岸から採掘していた。昭和橋はその石灰石の採掘場(通称「水谷沢の原石山」)に従業員が渡るために架けられた作業用の橋である。

原石山が1960(昭和35)年に閉山した後も昭和橋は残っていたが、昭和40年代(昭和42年とも昭和44年とも)の洪水で流されてしまったと言われる。

しかし1976(昭和51)年時点の空中写真でも所在しているため、橋が流された時期はもう少し後と見られる。

現在は橋脚など一部を残すのみとなっている。

「送電線管理用の橋で、大雨で流された」との情報があったが、間違いである。

状態
2019年05月10日 更新

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昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡) 住所

新潟県東蒲原郡阿賀町大牧

昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡) 種類

廃橋

昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡) 画像・写真

昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡)
昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡)、南岸に残る主塔
昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡)
北岸の橋跡
昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡)
昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡)
昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡)
1970年代、健在だったころの昭和橋

昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡) ストリートビュー・空中写真

昭和橋(阿賀野川の吊り橋跡) ブログ・リポート

Urban Exploration:(仮)津川橋
http://urban-exploration-noboru.blogspot.jp/search/label/(仮)津川橋
49号の橋昔大雨のために橋を壊れたそうです。。私のお父さんから聞きました新潟県阿賀町津川駅近く
つり橋跡|hajikemame|note
https://note.mu/hajikemame/n/n114c84646961
旧津川町(現阿賀町)の阿賀野川に掛かっていたつり橋跡昭和橋と呼ばれていたようです
国道49号 揚川改良② - 重言飛語 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/n_jimusho69/40588832.html
いつも通る度に?に思っていた⇒の吊り橋跡。丁度通行止め付近にこちら側の遺構もありました。昔は狭く混雑している道路なので、ゆっくりと観察できませんでしたが今回はじっくりと♪実はこの吊り橋の正体が判らなかったのです。津川町史などにも記載がなく、川向こうの地にも目立
Urban Exploration:(仮)津川橋
http://urban-exploration-noboru.blogspot.jp/2015/02/blog-post_25.html
49号の橋昔大雨のために橋を壊れたそうです。。私のお父さんから聞きました新潟県阿賀町津川駅近く
柵の向こう側 昭和橋
http://pulam.blog.fc2.com/blog-entry-11.html
昭和30年代まで使われていた、廃吊り橋。橋脚は現在、対岸のみ残っている。この橋は、近くにある化学工場への、原料を採掘する鉱山への通勤路として使われていたそうです。採掘された鉱石は、索道を使って運ばれていたそうです。国道から架かる橋の一部。幅は1.5mも無いのか
FP渡辺のちょっといいはなし : 旧昭和橋主塔
http://blog.livedoor.jp/rikiyasan3445/archives/5086760.html
茶畑の中に突然現れる巨大構造物、神々しくもあります。FP渡辺のお金のけっこういいはなし

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