大昭和山林部(中道登山口の廃墟山荘) 概要・歴史

山梨県韮崎市にある中道登山口の廃墟山荘。

建設時期不詳ながら、少なくとも1976(昭和51)年時点で存在を確認できる。

木造平屋建ての山小屋で、「大昭和山林部」の文字が記されている。大昭和製紙山林部の山小屋だったらしい。

閉鎖時期ははっきりしないが、少なくとも2013(平成25)年時点で廃墟としての言及が見られる。

大昭和製紙は1938(昭和13)年に昭和製紙、大正工業、岳陽製紙、昭和産業、駿富製紙が合併し設立。1961(昭和36)年に東証1部上場。2001(平成13)年に上場廃止、日本製紙との事業統合を経て2003(平成15)年までに各部門が吸収され消滅している。そのため、2000年代初頭には不使用状態となったものと推測される。

一帯の山林はほとんどが大昭和製紙の所有だったらしいが、現在の権利関係は不明。

「大昭和山林部」の廃小屋はかなり朽ちた状態となり、2017(平成29)年までに半壊状態となっている。

状態
2011年09月15日作成  2019年04月05日更新

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大昭和山林部(中道登山口の廃墟山荘) 住所

山梨県韮崎市清哲町青木

大昭和山林部(中道登山口の廃墟山荘) 種類

廃ホテル・宿泊保養施設・温泉

大昭和山林部(中道登山口の廃墟山荘) 画像・写真

大昭和山林部(中道登山口の廃墟山荘)

大昭和山林部(中道登山口の廃墟山荘) ストリートビュー・空中写真

大昭和山林部(中道登山口の廃墟山荘) 関連ブログ・参考リンク

鳳凰三山 2012/7/15 深Qの日本百名山登頂シリーズ~南アルプス編
http://datsusarah.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/2012715-7e79-1.html
2012年7月22日 射撃場前を通過していくと、青木鉱泉への看板があるのでひたすら突き進みます。途中ダートな道を .. を強いられます。やっとの思いで目印になっている廃墟小屋の脇を通過していきます。 入浴後は「すきや」に寄ってから、韮崎IC乗車⇒圏央道で帰宅するつもりが、小仏トンネル付近...
創楽 鳳凰三山・日帰り登山(青木鉱泉よりドンドコ沢)中道 薬師岳→青木鉱泉 詳細
http://souraku.pro.tok2.com/newpage142html.html
廃墟が有ります。廃墟付近には水場が有ります。おそらく中道の水場はこの一箇所だと思います。登りで中道を利用される方は、十分水分の持参をオススメします。
鳳凰三山
http://akirada.web.fc2.com/2013/2013houou.htm
駐車場からキャンプ場を左に見て少しすんだところが渡渉ヶ所、二ヶ所に簡単な橋がわたしてあって右岸に取りつき、道なりに進むと林道に出る、その先は廃屋となった小屋近くの登山道まで林道歩き!標準コースタイムでは40分の距離だが10分も余分にかかってしまった。廃小屋には
鳳凰三山
http://tenten.daa.jp/yamadarake/houou.html
小屋に大昭和山林部と記されています。大昭和製紙の現場宿泊施設だったのでしょうか。すぐ横にも、もう一つの小屋が建っていました。いきなりカラマツ林の急斜面を大きなジグザグで登ります。ここが一番きつかったのかも知れません。
鳳凰三山 日帰り
https://yuuyakehp.yu-yake.com/houou.html
林道分岐手前にもまた廃墟小屋があり、大昭和山林部と書かれていました。ガラスの無い窓枠から中をフラッシュ撮影すると、ご覧の通りです。山小屋跡かと思いましたが、違ったみたいです。※私は廃墟マニアでも無く、ごくごく一般的ですが、好奇心旺盛の為、様子を見に行きました。
鳳凰三山 - 豊橋の山岳会 名古屋渓稜会ブログ
http://keiryoukai.blog.fc2.com/blog-entry-42.html
「大昭和山林部」と書かれた大きな廃屋が良い目印になる。そのまま小武川沿いに歩みを進め、14:10、青木鉱泉駐車場着。鉱泉で汗を流し帰路に就いた。

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