旧鶴舞発電所 関連ブログ・参考リンク
https://ameblo.jp/folky530/entry-10458950255.html
ここには、小湊鉄道の旧鶴舞発電所があります。鶴舞発電所は小湊鉄道駅舎電灯用として建設され火力発電所による送電を行っていました。その後、沿線町村より点灯の要請を受け昭和2年9月に市原村ほか5ヶ村ほか3ヶ村に電力を供給していました。最盛期には10ヶ村、4400世帯に電力を供給していましたが、昭和17年に電力統制令によりその使命を終えました。
https://bunkaisan.exblog.jp/28974900/
小湊鉄道(こみなとてつどう。正式には「小湊鐵道」)は大正6年(1917年)創業。大正14年(1925年)から千葉県市原市で鉄道の運行を開始した歴史ある鉄道会社です。現在運行している路線は、房総半島を縦断する39.1kmの1路線のみで、電化はされておらず、ディーゼル気動車が単線の路線を走っています。上総鶴舞(かずさつるまい)駅の施設は、いずれも大正14年の開業当初からある建物です。本屋(ほんや)はいわゆる駅舎で、多少の増改築は受けていますが、各所に当時の佇まいを残しています。また貨物上屋、旧鶴舞発電所は当初からほとんど手が加わっておらず、大正時代から昭和初期にかけての鉄道事業の様子を知ることができる貴重な資料となっています。これらのことが評価され、上総鶴舞駅の本屋、貨物上屋、そして旧鶴舞発電所は平成29年(2017年)に国の登録有形文化財に登録されました。
http://hozonsharyou.web.fc2.com/Monument/K12Chiba/KazusaTurumai-B.html
小湊鉄道鶴舞発電所跡碑の背景コメント小湊鉄道は1925年3月に五井-里見間が、翌年には里見-月崎間、1928年には月崎-上総中野間が開通した。 これらの駅で使用する電力を賄うために五井-里見間の開業5日前に鶴舞発電所は完成し送電を開始した。 電力の供給先は当初は駅舎のみであったが、沿線の町村より配電要望があり、最終的には碑文にも有る様に4400戸の家庭にも配電するようになった。 戦中の統制経済のもと、この発電所は現在の東京電力に統合され、駅舎などの電力は東電から配電を受けることになり、その使命を終えた。写 真基本情報所 在 地 : 市原市池和田898番地2 上総鶴舞駅構内MapCode : 130455334*10建 立 日 : 1999年 4月建 立 者 : 遠山あき種 別 : 跡地碑撮 影 日 : 2010年 3月23日碑 文 鶴舞発電所の由来 鶴舞発電所は小湊電鉄駅舎電灯用として大正十四年三月二日に完成。 火力発電により送電を開始した。其の後沿線各町村より点灯の要請を受けたので、昭和二年九月市原村ほか五ケ村に、次いで高滝村ほか三ケ村に電力を供給し、併せて十ケ村への点灯を果たした。 昭和八年 東京電灯からの買電に切り替え自家発電を廃止した。 次いで昭和十七年配電統制令により関東配電(現東京電力)に統合合併したので、鶴舞発電所はその使命を終えた。 大正十四年以来十七年に亘り鉄道駅舎と沿線十ケ村四、四〇〇戸の家庭に明るい電灯の光を送り続けたこの鶴舞発電所を長く記憶に残すことを願って茲にこの碑を建立した。 遠山あき撰文 戻るPowered by FC2ホームページPowered byFC2携帯変換閉じる
https://tokutomimasaki.com/2018/03/turumai-cafe.html
さて、そんな小湊鐵道には上総鶴舞駅という無人駅があります。駅本屋、旧鶴舞発電所、旧貨物上屋が国の登録有形文化財にも登録されています。無人駅ということもありひっそりとした上総鶴舞駅ですが、駅周辺の活性化のために試験的に鶴舞発電所カフェをオープンするそうです。千葉県富津市金谷にあるカフェえどもんずのキッチンカーでの野外出店という形式です。カフェとなるのは旧鶴舞発電所前です。
http://akinejp.blog114.fc2.com/blog-entry-4547.html
同駅では、隣接する旧鶴舞発電所に、期間限定でカフェがオープンしています。出店は富津市金谷のコーヒー専門店「カフェえどもんず」さん!紹介している記事はこちら↓
http://ogu-san.seesaa.net/article/429201403.html
小湊鐡道 上総鶴舞駅の構内に、旧鶴舞発電所跡が残っています。これは、小湊鐡道がかつて発電事業も経営をしていて、1923年に自家発電の認可を受け上総鶴舞駅構内に発電所を建設、1925年3月2日に完成しています。75kwのディーゼル発電機2台(1台を予備)を備え駅舎の電灯や信号用に使用していたそうです。やがて沿線住民からの要望によって1925年に申請をして1926年に認可がおり、1927年9月から近隣の六ヵ村に送電を開始して、最終的には合計2200戸、3300灯の電気を供給していますが、その後1933年に鶴舞発電所を廃止し東京電灯からの買電に切り替え、1942年11月には電気事業を関東配電に統合し、小湊鉄道の電気事業は廃止されています。