岩手町立豊岡小学校 関連ブログ・参考リンク
https://cuckoo.si.soft.iwate-pu.ac.jp/~chiiki_no_kioku/toyookafan/?page_id=42
昭和24年4月に水堀小学校豊岡分校として開校(当時は青空学校)し、昭和33年に豊岡小学校に昇格、昭和61年3月の閉校までに215人の児童を送り出しました。校舎は昭和25年夏までにすべて住民の手作りにより建設され、閉校後はキジの養殖場として使用されています1。写真は、校舎に近い道路沿いに設置されている記念碑のものです。(撮影日:令和
https://www.departure-ruins.com/toyooka-school/
豊岡小学校の開校は1949年。多くの小学校が終戦直後に開校する中、数年遅れであったことは「豊岡」の名前にも起因する。豊岡地区は樺太から引き揚げてきた人々が開拓した地域で、樺太の都市「豊原」と「真岡」から一文字ずつ取って名付けられたという。戦後の開拓は幾多の困難を乗り越えた歴史。校内にも開拓を感じさせるものが幾つか見受けられた。閉校は1986年。閉校後はキジ繁殖センターとして活用されていた時期もあるという。 教員室。学校教育目標が半分だけ残る。
https://ameblo.jp/sayo531/entry-12889392653.html
11月、私は岩手郡のとある地域にある廃校へ行きました。知名度が無いせいか、ここを見つけるのに一苦労しました。昭和24年開校昭和61年閉校その後、岩手県立大学のキジ養殖センターに転用されたものの現在では使用していないようです。40°01'43.8"N 141°12'05.7"E一応、場所を貼っておきます。機会があれば是非どうぞ。
https://streetviewsansaku.seesaa.net/article/476219593.html
昭和24年(1940年)竣工の旧岩手町立豊岡小学校。 建設当時は水堀小学校豊岡分校でしたが、昭和33年(1958年)4月、岩手町立豊岡小学校へ昇格。 しかし昭和61年(1986年)3月、岩手町立水堀小学校に統合され、閉校となりました。 道路から少し奥まったところにあるので真ん前のストリートビューはありませんが、下見板張りの洋風な校舎が桜の木の間から見えるのも風情があっていい感じです。
https://iwate-omoide-school.doorblog.jp/archives/9685993.html
岩手町北部、御堂地区にあった学校です。へき地等級は2級でした。豊岡地区は樺太から引き揚げてきた人々が開拓した地区で、樺太の都市「豊原」と「真岡」から1字ずつ取って名付けたそうです。そのため、開校も1949年と小学校にしては遅めです。跡地には校舎と講堂が残っていました。校舎は木造平屋で、3教室+職員室(&特別教室1?)でした。かつてはキジ繁殖センターとして活用されていたそうで、少し改造が施されています。現在は放置状態のようです。
https://x.com/iwatenohokennya/status/1564513222350499840?s=46&t=Ogj-508sJyvaF_3__D1rsg
岩手町豊岡地区拓魂に戦後、樺太から入植し、その後の足跡とと近くに廃校となった豊岡小学校がある。
https://x.com/nori_san_iwate/status/990338779985494016?s=46&t=Ogj-508sJyvaF_3__D1rsg
am6:06 岩手町・豊岡地区。豊岡小学校跡地の桜。
https://x.com/iwatenohokennya/status/1663855259171831813?s=46&t=Ogj-508sJyvaF_3__D1rsg
今日はキジと会いました。スマホを構えるとすぐに逃げられてしまい、後ろ姿だけになりました。そういえば、以前岩手町では、キジで蕎麦つゆの出汁をとるために、豊岡地区にある廃校になった小学校を利用して、キジの養殖をしていた時期があります。