空襲を受けたサイロ 概要・歴史

北海道苫小牧市錦岡に残る空襲を受けたサイロ

1945年7月14日に米軍戦闘機による機銃掃射を受けた跡が残っている。この時兵士と漁師ら6人が亡くなったという。

隣接して市指定有形文化財の林重右衛門墓碑がある。

少なくとも2012年まで上部にドーム状部分があったが、2018年現在、ドーム部分が崩落、レンガ製の円柱部分のみが残っている。

状態
2018年12月21日 更新

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空襲を受けたサイロ 住所

北海道苫小牧市錦岡

空襲を受けたサイロ 種類

農場・農業施設・牧場

空襲を受けたサイロ 画像・写真

空襲を受けたサイロ
空襲を受けたサイロ

空襲を受けたサイロ ストリートビュー・空中写真

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http://www12.tok2.com/home2/airtax04/sen11.htm
2009年5月30日 苫小牧の海岸あたりにひっそりと立っているサイロは、実は 米軍の機銃掃射を受けた. ものである。 時は、1945年7月14日。 突然、米軍の戦闘機がやってきて、空襲警報が 発令されないまま、機銃掃射を受けた. 兵士と漁師ら6人が亡くなった

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