方城炭鉱 概要・歴史

方城炭鉱(ほうじょうたんこう)とは福岡県田川郡方城町(現・福智町)にあった炭鉱。筑豊炭田の三菱合資会社、後の三菱鉱業(現在の三菱マテリアル)の主力鉱として1902年開鉱。1914(大正3)年に、日本最大の炭鉱爆発事故が発生した。1964年閉山。

現在は九州日立マクセルの工場となっている。敷地内には坑務工作室、圧気室、繰込浴場など炭鉱の遺構の一部が保存され、許可を得れば見学も可能である。

また金田駅から貨物支線が伸びており、彦山川付近には橋台跡などのコンクリート遺構が散見される。

原型を維持している職員住宅跡の空き家が2011年頃まであったが、解体されたらしい。

状態
2019年03月10日 更新

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方城炭鉱 住所

福岡県田川郡福智町

方城炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

方城炭鉱 ストリートビュー・空中写真

方城炭鉱 スポット

方城炭鉱 関連ブログ・参考リンク

三菱方城炭鉱の遺構 - 気ままよろず日記 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/c_xantia_01/58887412.html
三菱方城炭鉱は三菱鉱業(現・三菱マテリアル)の手により、福岡県田川郡方城町(現:福智町)で1902(明治35)年に開山し、当時の欧米の最新技術を採り入れた鉱山として名を馳せましたが、戦後、他の炭鉱同様、石炭から石油へのエネルギー転換の波に呑まれ1962(昭和3
三菱鉱業 筑豊鉱業所 方城炭鉱跡 | あれなん
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/104.html
旧方城町(現福智町)にあった炭鉱三菱鉱業明治35年開坑→昭和37年三菱としては閉山その後、方城炭鉱として再スタートしたが昭和39年閉山1914年には国内炭鉱災害史上最大の事故『方城大非常』が発生。犠牲者は約700名弱という発表であるが、当時数多くあったの納屋(
ALL-A[方城炭鉱]
http://allxa.web.fc2.com/archi/industry/coalmine/hojo.html
方城炭鉱は福岡県の方城町(現・福智町)で三菱が操業していた炭鉱だ。三菱合資会社(当時)が1902(明治35)年に開坑し、1908(明治41)年に第2坑、1910(明治43)年に第1坑が竣工。2基の竪坑櫓が聳える筑豊屈指の有力炭鉱であった。しかし、戦後の石炭産業
三菱方城炭坑
http://hasiru.net/~maekawa/mine/hozyo/hozyo1.html
三菱方城炭坑福岡県田川郡福智町大字伊方(旧方城町伊方)三菱方城炭坑。明治35年開坑。昭和37年閉山。しかしその後、方城炭坑株式会社として人員を縮小し再び操業を開始したが、昭和39年、完全に閉山となる。その長き歴史の中には、言い尽くせない話も多くあった。その一つ
方城炭鉱の今:響とバイクと山遊び:So-netブログ
http://hibiki15.blog.so-net.ne.jp/2009-02-19
福岡県方城町九州日立マクセル工場福智山の山麓の方城町にある日立の工場中には守衛さんの目が光って入れませんでも、高い塀の上に手を伸ばせばこんな建物が覗けます。とっても古い煉瓦の建物が幾つも建っているこれは三菱方城炭鉱の施設の跡で今でも工場の一部として使われている
ALL-A blog 方城炭鉱 職員社宅
http://allxa.blog114.fc2.com/blog-entry-1178.html
方城炭鉱職員社宅福岡県田川郡福智町伊方撮影2011(平成23)年2月前回は方城炭鉱の炭鉱住宅を建て替えたものである町営住宅を紹介しました。炭鉱夫が暮らす炭住街があったのは炭鉱敷地の東側。一方、南側には炭鉱会社の職員(正社員)用の社宅街があり、私が訪れた2011

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