志免鉱業所(志免炭鉱)

志免鉱業所(しめこうぎょうしょ)は、福岡県糟屋郡志免町にあった炭鉱である。糟屋炭田(かすやたんでん)の炭鉱の一つ。志免炭鉱とも呼ばれる。「S免鉱業所」等として紹介されていることもある。

採掘開始から閉山にいたるまで終始国営であった日本国内唯一の炭鉱として知られる。1964年(昭和39年)閉山。志免鉱業所竪坑櫓、斜坑口などの遺構が現在も残されている。2009年(平成21)12月8日、竪坑櫓が国の重要文化財に指定された。

志免鉱業所竪坑櫓(しめこうぎょうしょたてこうやぐら)は採炭夫を昇降させ、石炭を搬出するための施設。地上にある櫓の部分は1941年(昭和16年)に着工し、1943年(昭和18年)に完成。地下の竪坑は櫓の完成後1943年(昭和18年)から1945年(昭和20年)にかけて開鑿された。高さ47.65メートル、長辺15メートル、短辺12.25メートル。石炭層に垂直に掘られた竪坑が地下430メートルまで延びている。巻上機室が櫓の高層部に置かれるワインディング・タワー(塔櫓捲式)と呼ばれる形で、第二次世界大戦終戦前に建設されたもので現存しているのは世界で志免炭鉱を含め3箇所だけである。

周辺には以下のような遺構も保存管理されている。

第八坑連卸坑口(だいはちこうつれおろしこうぐち):1938年に完成した煉瓦製の坑口で、隣の本卸坑口と対になっている。傾斜角は30度、延長距離は929.1mあったが現在では内部で閉じられ中には入れない。本卸坑口よりわずかに小さい高さ3.15m、幅4.5mのコンクリート製アーチ構造で、巻上機が坑口からおよそ100mの位置にあって、トロッコを使って硬(ぼた)や資材、人を運んでいた。

第八坑本卸坑口(だいはちこうほんおろしこうぐち):1938年に完成したコンクリート製の坑口で、高さ3.2m、幅4.5mのアーチ構造をしている。傾斜角は40度、延長距離は690.8mあったが、今は坑口上面で閉じられている。石炭の運び出しと空気を送るための坑道として使われていた。石炭を入れて運んでくるスキップという箱が坑道を出たところで櫓でひっくり返り、中の石炭はその下を走っているベルトコンベアに落とされてそのまま西側にあった選炭場まで運ばれる仕組みだった。

第五坑西側坑口(だいごこうにしがわこうぐち):高さ2.5m、幅3mのコンクリート製アーチ構造。5度の傾斜で地下に伸びる坑道には10mおきに台座があって、ベルトコンベアのための坑道だったらしい。竪坑から彫り上げられた石炭は北に伸びる約70mの地下道を運ばれ、この坑道を通じて選炭場まで送られていたという。

物件は管理されており、無断侵入や破壊・損壊行為、物品の持ち出し等は法的に禁じられています。航空写真・ストリートビューからの鑑賞を強く推奨します。また周辺地域を訪問される場合でも、公道上から外見のみを見学し、地域の方々に迷惑となる行為は強く慎まれるようお願い致します。情報は最新の状態を反映しているとは限らず、リニューアル・再生されている場合もあります。当サイトの情報は物件の歴史的に一時的な状態を示しているのみです。また、不使用施設以外の味わい深い施設をおことわりの上紹介している場合がありますのでご注意下さい

志免鉱業所(志免炭鉱) 住所

福岡県糟屋郡志免町志免

志免鉱業所(志免炭鉱) 種類

廃鉱・採石場跡

志免鉱業所(志免炭鉱) 画像

志免鉱業所(志免炭鉱)

志免鉱業所(志免炭鉱)

志免鉱業所(志免炭鉱)

志免鉱業所(志免炭鉱)

志免鉱業所(志免炭鉱) 写真・ブログ・リポート

志免炭鉱の竪坑櫓-HighRiseWindingTower!
http://www.tomboy-urbex.com/high-rise-winding-tower-shimer-mine/
この竪坑櫓は福岡県にある志免鉱業の遺構です。竪坑櫓の高さは47.65メートル!その下に掘ってある穴は430メートルの深さになるそうです!すっごい深い!今では、国の重要文化財に指定されているので、中に入ることは出来ませんが、フェンスの外から見学することができます
福岡県「志免鉱業所跡」! ぶらり散策紀行 /ウェブリブログ
http://lovery-iruka.at.webry.info/201107/article_29.html
2011年7月31日 ぶらり散策紀行 の福岡県「志免鉱業所跡」!に関する詳細記事。(Powered by BIGLOBEウェブリブログ)2011/07/31(日)晴{%晴れwebry%}志免鉱業所跡は福岡県 粕屋郡志免町のシーメイトの敷地内にあります。
福岡県粕屋郡志免町【志免鉱業所跡のボタ山跡】! ぶらり散策紀行
http://lovery-iruka.at.webry.info/201104/article_21.html
2011年4月27日 ぶらり散策紀行 の福岡県粕屋郡志免町【志免鉱業所跡のボタ山跡】!に関する詳細 記事。(Powered by BIGLOBEウェブリブログ)2011/04/27(水)雨{%雨webry%}粕屋 炭田の石炭は良質であったため、海軍は1889年(明治22年)志免鉱業
志免鉱業所跡が県の史跡に指定されました - 志免町ホームページ
http://www.town.shime.lg.jp/soshiki/12/kogyosho2010.html
印刷用ページを表示する 掲載日:2010年3月17日更新. 名 称 志免鉱業所跡(しめこう ぎょうしょあと)竪坑及び第八坑関連地区所在地 福岡県糟屋郡志免町大字志免715番 12の一部ほか所有者 志免町種 類 史跡年 代 昭和指定日 2010(平成22)年3月24日
九州ヘリテージ - 志免鉱業所竪抗櫓
http://kyushu-heritage.jp/map/06shime/06shime.html
No.06 志免鉱業所竪坑櫓 この志免鉱業所は明治22年に海軍が軍艦の燃料である 石炭を確保するために開設したもので、現在残っているこの竪坑櫓も、昭和18年に日本 海軍 廃墟・近代遺跡」のコーナーにて沢山の写真で志免竪坑櫓が紹介されています。
旧志免鉱業所竪坑櫓
http://blowinthewind.net/haikyo/shime/shime.htm
廃墟の風景. 旧志免鉱業所竪坑櫓, 国登録文化財の炭鉱モニュメント 09/2/1 *istD こそ実現した。現在、戦時中に造られたこの形の竪坑櫓は、世界でベルギーのトラン ブルール、中国の撫順とここ志免町だけに所在している。~志免町ホームページより 引用
ブラックダイアモンド 志免鉱業所(旧新原採炭所)
http://www.geocities.jp/shyu0530/shimetan.html
志免炭鉱鉱業所は採掘開始から閉山まで一度も民間営業をしなかった国内唯一の 炭鉱としても知られている。 現在残る遺構 1889年(明治22) 10月 新原採炭所第二 坑開坑(現・須恵町)新原 1893年( 1900年(明治33) 6月 第一坑、第二坑廃坑 1901 年(
旧志免炭鉱の竪坑櫓が国指定の有形文化財に登録
http://www.geocities.jp/kawa_fjp/page005.html
海軍省により須恵の新原採炭所が. 延長されて、志免区域内に開設さ. れた志免鉱業所
志免炭坑跡
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Yurinoki/8688/simetanko.htm
この志免の国鉄炭坑跡だけだそうです。 広大な敷地に と眺めてみると. 独特の味が あって、単なる廃坑としてではなく、スケールの大きな世界に思えてきます。 志免国鉄 鉱業所跡についてさらに詳しい事は、志免町ホームページのこちらへ。 西鉄バス下志免
第四海軍燃料廠
http://www.asahi-net.or.jp/~UN3K-MN/kaigun-tec-shimen.htm
2011年7月20日 海軍採炭所. 明治22年、新原(現:福岡県糟屋郡須恵町)に設立された採炭所は、海軍 艦艇の燃料であった石炭の確保を 明治33年 6月 第一坑・第二坑 廃坑 昭和20年 12月 第四海軍燃料廠 運輸省へ移管、門司鉄道局志免鉱業所
国鉄志免炭鉱(勝田線)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurume/kyuusyuu/meisai/shime.htm
石炭産業は斜陽化し、1977年までに、筑豊の炭鉱は全て廃鉱になった。 北海道の 炭鉱跡は、廃村になったりゴーストタウン化して不気味だが、筑豊炭鉱跡は福岡近隣の 市街地である。炭鉱跡など残っているとは思っていなかった。ところが、志免炭鉱の立坑 が
しめたん5坑→6坑 トライスターの炭鉱と廃線と廃墟の放浪日記/ウェブリ
http://tristar.at.webry.info/201109/article_3.html
2011年9月22日 トライスターの炭鉱と廃線と廃墟の放浪日記のしめたん5坑→6坑に関する詳細記事。( Powered by BIGLOBE 足を運んでいなかった志免炭鉱跡・・・ 天気も久しぶりに良く なっ . 明治15年頃の創業、明治42年に廃坑。 総出炭量は2、400
初期の頃のしめたん。 トライスターの炭鉱と廃線と廃墟の放浪日記
http://tristar.at.webry.info/201006/article_10.html
2010年6月25日 に関する詳細記事。(Powered by BIGLOBEウェブリブログ)粕屋郡須恵町にあった 炭鉱です。 海軍炭鉱記念碑編はここ 志免鉱業所6坑から5坑編はここ この図が出 された頃には1坑、2坑が廃坑になって 40年位は経っているので坑口
志免炭坑跡
http://www.geocities.jp/hokutoflag1/simetanko.htm
2004年10月22日 志免炭坑跡. 福岡の過去のひとつに、産炭地としての発展があります。 世代によっては、 福岡といえば筑豊、ボタ山を連想される方もいるかもしれません。 独特の味があって、 単なる廃坑としてではなく、スケールの大きな世界に思えてきます。
九州廃墟・廃坑の旅 Par2 【志免鉱業所竪坑櫓】(志免炭鉱) - 東京港区
http://blogs.yahoo.co.jp/ricekomine/53840691.html
2005年2月18日 九州廃墟・廃坑の旅 Par2 【志免鉱業所竪坑櫓】(志免炭鉱) 早めの昼食を終え、次 の目的地の志免炭鉱跡へ! この竪坑櫓の形はランディングタワー型と呼ばれ、三井 三池炭鉱四山坑第一竪坑やぐらと同一の構造物であったが、三井
渚屋Archive: 志免鉱業所竪坑櫓
http://nagisaya.seesaa.net/article/159227295.html
2010年8月12日 第1坑(1889年須恵町)1900年に廃坑第2坑(1889年須恵町)1900年に廃坑第3坑 (1893年宇美町)1931年に採掘 以前のエントリーで紹介した飯塚平恒の「三菱飯塚 炭鉱巻き上げ機台座跡」と同じような施設で、あちらは斜坑(斜めに
志免鉱業所跡 竪坑 - つちのこ日記 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/lockin_break/37510599.html
福岡県の志免町という所に昔の炭鉱の施設跡廃墟があるという情報を仕入れたので、 山口県の旅行の帰りに寄ってみた。 わりと大きな建造物が建っているからよほど有名なんだろうと思いつつ、 不安げにナビ通り車を進めると、遠くの方に 
廃墟を旅する 【産業遺産】志免鉱業所・立竪坑櫓
http://haikyotabi.blog33.fc2.com/blog-entry-2.html
志免炭鉱 志免鉱業所は1889年に新原採炭所として設立されます。 この炭鉱はもともと海軍の艦艇用燃料である石炭を掘削するために作られたので、戦争遺跡ともいえます。 現在志免にある立竪坑櫓は1929年に志免に炭鉱拠点が移った後、 
廃色melancholy 志免炭鉱②接近編 - FC2
http://highkyo.blog29.fc2.com/blog-entry-301.html
522_convert_20100529231821.jpg 本当しっかりしたコンクリで、当時は建築の基準なんてなかったから、飛び切り贅沢に鉄筋を使ったんでしょうね! 523_convert_20100529231857.jpg どうやって内部撮影したかって?それは言われ 
許されざる廃墟野郎ども志免炭鉱竪坑櫓
http://unforgivens.blog96.fc2.com/blog-entry-17.html
数少ない福岡県の廃墟有名な産業遺産系廃墟があるので行ってきました天神から40分ほどバスで行った所にそれはありますグーグルマップで大体の場所しか調べてませんがすぐ見つかりました遠い・・・しかしデカイってかイオンがでかすぎる歩いて20分ほどで到着しましたデカイよマ