庄駅の巻揚機台座(峰地炭鉱第3坑) 概要・歴史

庄駅の巻揚機台座は福岡県田川郡添田町にある炭鉱遺構。蔵内鉱業峰地炭鉱第3坑(後の古河鉱業大峰炭鉱第3坑)の巻揚機台座と言われている。

かつて田川線貨物支線(西添田駅 - 庄駅)が日田彦山線の西添田駅から少し北より分岐しており、その庄駅跡付近に位置する。貨物施設は1904(明治37)年に九州鉄道により開設され、1943(昭和18)年7月1日に廃止された。

県道453号線沿いの藪の中に煉瓦遺構が残る。

状態
2011年09月15日作成  2019年02月22日更新

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庄駅の巻揚機台座(峰地炭鉱第3坑) 住所

福岡県田川郡添田町庄

庄駅の巻揚機台座(峰地炭鉱第3坑) 種類

廃鉱・採石場跡

庄駅の巻揚機台座(峰地炭鉱第3坑) ストリートビュー・空中写真

庄駅の巻揚機台座(峰地炭鉱第3坑) 関連ブログ・参考リンク

旧・庄駅付近の巻揚機台座跡 - 気ままよろず日記 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/c_xantia_01/58116723.html
かつて、日田彦山線の西添田駅から少し北に向かったところから支線が分岐し、その先には貨物専用の“庄(しょう)”駅があったそうです。この駅と支線は、1904(明治37年)に、当時の九州鉄道により開設され、国有化された後、1943(昭和18)年に廃止されました。
【遺構】蔵内岩瀬炭鉱?貨物支線庄駅付近のレンガ遺構|OTHER_ALL/OTHER_ALL|Car Photo Gallery|Blue Field|Minkara - The Car & Automobile SNS(Blog - Parts - Maintenance - Mileage)
http://minkara.carview.co.jp/en/userid/135933/car/176131/1056530/photo.aspx
西添田駅から北側の県道95、453号の分岐点にレンガ造りの遺構が存在する
ALL-A[峰地炭鉱第3坑]
http://allxa.web.fc2.com/archi/industry/coalmine/minechi.html
筑豊地方における炭鉱の巻揚機台座といえば飯塚市の飯塚炭鉱が有名だが、他にもいくつかの台座が残っている。その中から特に見応えのあるものを挙げるならこの遺構だろう。筑豊の各地に現存する炭鉱遺構は、草木に覆われていたり人家に囲まれていたりなどで全体像が見えない場合が
古河鉱業 峰地炭鉱 | あれなん
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/27.html
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古河鉱業 峰地炭鉱(Part2) | あれなん
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峰地炭鉱第三坑巻揚機台座(Part2) | あれなん
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/122.html
その名も『大峰炭鉱第三坑巻揚機台座』らしい....だいぶモジャってきましたな比較的新しい資料(古河鉱業時代)では大峰第三坑、古い資料(蔵内鉱業時代)では峰地三坑なのでもしかすると経営が変わってから呼び名も変わったのかもしれません。そんな第三坑の坑口ですがこんな
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