金丸原陸軍飛行場

金丸原陸軍飛行場は栃木県大田原市にあった旧軍施設。

1934(昭和9)年、所沢陸軍飛行学校の不時着場になる。1935(昭和10)年、所沢陸軍飛行学校金丸原分教場に指定される。1937(昭和12)年5月10日、熊谷陸軍飛行学校金丸原分教場になる。1944(昭和19)年1月、常陸教導飛行師団金丸原分遣隊になる。終戦間際には数機の戦闘機が配備され、防空任務にあたっていたという。

現在は那須野ケ原カントリークラブ敷地内に掩体壕跡が残り、倉庫として使われている。

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金丸原陸軍飛行場 住所

栃木県大田原市南金丸

金丸原陸軍飛行場 種類

軍事施設・戦争遺構

金丸原陸軍飛行場 画像

金丸原陸軍飛行場 写真・ブログ・リポート

kanレポート 金丸原陸軍飛行場
http://kanreport.blog58.fc2.com/blog-entry-167.html
栃木県大田原市金丸には、金丸原陸軍飛行場の掩体壕が1基のみ残っている。金丸原飛行場は沿革は、昭和9年金丸原演習場の一部が、所沢陸軍飛行学校の不時着場になる。昭和10年所沢陸軍飛行学校金丸原分教場に指定される。昭和12年熊谷陸軍飛行学校金丸原分教場になる。昭和1
大田原金丸原飛行場
http://www.warbirds.jp/airport/tochigi/kanamaru.html
大田原金丸飛行場投稿者:へんじん投稿日:2001/01/31(Wed)21:37:22大田原金丸飛行場(陸軍のものらしい)現在は田畑および、ゴルフ場になっていますが、付近のゴルフ場敷地内にコンクリートでできた機体を隠蔽しておく掩体壕(でしたっけ?)が最近まであ
金丸原陸軍飛行場跡地:空港探索・2:So-netブログ
http://airfield-search2.blog.so-net.ne.jp/kanemaruhara-airfield
栃木県大田原市南金丸にあった「金丸原陸軍飛行場」。ここは元々人家がなく、数条の草刈りや作場の道が通るだけの未墾の土地でした。この飛行場には上図の通り2本の滑走路がありました。当記事内では便宜的にそれぞれ「A滑走路」、「B滑走路」とさせて頂きます。滑走路位置につ
金丸原飛行場跡 - がりつうしん
http://garitune.hatenablog.jp/entry/2011/06/12/223245
ちょっと前の地図を見ると、金丸原飛行場跡の丘陵を走る細道に「黒羽街道」という名前が書かれていた。実際には丘陵を避けるように新黒羽街道国道461号が通っており、かつてはこの細道が主要な道であったことがわかる。国際医療福祉大学(1995開学)が出来る以前、丘陵を上
金丸原飛行場跡地(再訪編)( 飛行機 ) - ちょいと気ままに遺跡探訪(たまに2輪レストア)&雑記 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/trpys563/11198608.html
大田原市史後編(大田原市史編さん委員会、昭和五十七年十二月一日発行)P717金丸原陸軍飛行場開校偶然にも一月後の五月十日には、金丸原陸軍演習場の東北隅に熊谷陸軍飛行学校の金丸原分教場が設置開校されたのである。「侍ニッポン」の作曲者松平信博の「新民謡・大田原小唄