https://my-michi.com/2018/12/43279586/tunnel_9/
陸の孤島に、自動車交通をもたらしたトンネル三陸海岸の最南端にあり、太平洋へ鋭く突き出た牡鹿(おしか)半島は、その先端に浮かぶ信仰の島・金華山をはじめとする多くの属島とともに、リアス式の海岸美で知られ、三陸復興国立公園を代表する景勝地として、毎年多くの観光客が訪れている。現在は半島の隅々に道路が通じ、不便さをあまり感じないが、大正時代の『牡鹿郡誌』には、「陸路によるものは山坂の高低著しきに苦しみ、海路によるものは常に荒波駿濤(しゅんとう)に悩まされ」とあって、かつて仙台藩が遠島(とおしま)と呼んだ半島一帯の隔絶された様子がうかがえる。半島の付け根にあたる渡波(わたのは)から、表浜と呼ばれた半島西岸の浦々を通って鮎川へ至り、さらに金華山への渡し場であった山鳥渡(やまどりわたし)に達する道は、金華山道(きんかざんどう)と呼ばれた。峠の多い難路だったが、その最大の難関が小積(こづみ)峠であった。高さは150メートルほどだが勾配は険しく、最後まで車道を阻み続けた。
https://ameblo.jp/quicknick/entry-12619296721.html
徒歩進軍開始からおよそ12分、目指す隧道が現われた。 年季の入ったコンクリートポータルが厳めしい雰囲気。あいにく(かつ予想通り)フェンスで封鎖されている。 お名前はもちろん、小積(こづみ)隧道。 左端には「昭和三年三月 牛塚虎太郎」と刻まれている。ウィキ先生に聞いてみたところ、これは当時の宮城県知事の氏名だった。 この隧道の完成をもって、それまで陸の孤島であった牡鹿半島を鮎川まで貫く陸路が通じたのだという。まさに地域交通の夜明けをもたらした隧道だったようである。確かに、県知事が揮毫するにふさわしい歴史的隧道だったわけだ。
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宮城県道2号線 旧小積隧道ここ数年で荒れたのか震災の影響なのか結構真新しい崩落が多い二輪なら途中までは行ける まぁ通り抜けられないけど