岩鼻陸軍火薬製造所 概要・歴史

岩鼻陸軍火薬製造所は、群馬県高崎市岩鼻町にある旧帝国陸軍関連施設。「旧陸軍岩○火薬製造所」「T京第二陸軍造兵廠岩H製造所」等として紹介されていることもある。火薬類を生産、保管を行なっていた

1882(明治15)年11月に東京砲兵工廠岩鼻火薬製造所として開設、1917(大正6)年4月、火薬製造所と倉賀野駅との間に岩鼻軽便鉄道が設置される。1923(大正12)年4月に陸軍造兵廠火工廠岩鼻火薬製造所と改称、1940(昭和15)年4月には東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所となる。

終戦当時には、敷地面積32万5千坪、従業員数3,956人を擁したという。

戦後、日本火薬製造会社(日本化薬株式会社と改称)が民需生産工場への転用を申請、岩鼻作業所の開設に着手。敷地は日本化薬、群馬の森公園、日本原子力研究所に三分割された。

昭和40年代に入ると石炭産業が衰退、火薬類の消費量も減少したことから、1970(昭和45)年3月、日本化薬は火薬製造を山口県厚狭(現・山陽小野田市)に集約、岩鼻の火薬製造は幕を閉じた。以後、日本化薬は医薬品工場として利用している。

多くの建物が解体されたが、群馬の森公園内に爆風避けの土塁や建物・壁など一部遺構が残り、フェンスが設置され管理されている。「群馬の森」東側の散策路沿いおよび園内中央「あそびの広場」南側にコンクリート遺構、 園内東側「修景池」の奥に避難壕跡が見られる。土管またはトンネルのような遺構は1935(昭和10)年完成の射場跡で、小火器用のものだった。また原子力研究所構内にも製造所の建物が残っているらしい。

公園内南側には「ダイナマイト発祥の地」の碑も見られる。

状態
2011年09月15日 作成
2018年11月20日 更新

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岩鼻陸軍火薬製造所 住所

群馬県高崎市岩鼻町

岩鼻陸軍火薬製造所 種類

軍事施設・戦争遺構

岩鼻陸軍火薬製造所 画像・写真

岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
岩鼻陸軍火薬製造所
射場跡
射場跡
射場跡
射場跡
岩鼻陸軍火薬製造所
ダイナマイト碑。「我が国ダイナマイト発祥の地」の文字が刻まれている
ダイナマイト碑。「我が国ダイナマイト発祥の地」の文字が刻まれている

岩鼻陸軍火薬製造所 ストリートビュー・空中写真

岩鼻陸軍火薬製造所 スポット

岩鼻陸軍火薬製造所 関連ブログ・参考リンク

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陸軍岩鼻火薬製造所跡 - 追憶の彼方へ-廃墟黙示録- - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/ruinsrider/33661709.html
2008年1月15日 ここ陸軍岩鼻火薬製造所は、日本で初めてダイナマイトの製造に成功した場所です。 当時陸軍には東京の板橋に火薬製造所がありましたが、増産が必要となり、岩鼻火薬 製造所は明治15年から操業して黒色火薬の製造を開始しています。
陸軍火薬製造所2
http://www45.tok2.com/home/ojiya/tannkenn/kayaku2.htm
陸軍火薬製造所. NO2 廃墟探検したことある方なら分かってもらえると思います。 いや、分かってください・・・. ということで、これ以上引っ張ってる . 1917年(大正6年)4 月には主に軍需物資の運搬の為「岩鼻軽便鉄道」が開通。火薬製造所の敷地内に線路 が
岩鼻-陸軍岩鼻火薬製造所
http://www5b.biglobe.ne.jp/~slycrow/myweb/iwahanafr.htm
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群馬の森公園・岩鼻火薬製造所跡地(1)
http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn017/gunmanom/gummano1.html
県立群馬の森公園を中心とする地域には昔、「陸軍岩鼻火薬製造所」(終戦時の名称は 「東京第二陸軍造兵廠岩鼻製造所」)(1882~1945年)があった。終戦後、敷地は日本 化薬、群馬の森公園、日本原子力研究所の敷地になり、公園内の建物(100棟以上)は
フレアスタック 岩鼻陸軍火薬製造所その1
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群馬県、某県立公園を彷徨ってると森の中に朽ち果てた建物をいくつか見つける事ができます。これらは旧日本陸軍の火薬製造所の遺構で、戦中非常に重要な軍事拠点とされる所でした。というわけで今回は同人誌でも紹介しました「岩鼻陸軍火薬製造所」の一施設をご紹介。深い森に佇む
岩鼻火薬製造所跡 - nifty
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岩鼻火薬製造所跡 旅と戦争記念物<2>. 河野和彦(会員). ◎陸軍岩鼻火薬製造所跡 . 2004年5月、群馬県高崎市の県立歴史博物館で開催された「群馬の鉄道史展」を 見学の目的で、県立公園「群馬の森」を訪ねた。前日は宇都宮線小山から両毛線で 桐生
第22回岩鼻火薬製造所と軽便鉄道/高崎市
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岩鼻火薬製造所事務所(現在日本化薬(株)が使用). 高崎市の東部にある公園「群馬の 森」の一帯は、かつては陸軍の火薬製造所があった所でした。その歴史は古く、明治15 年(1882)11月、黒色火薬の製造を開始しています。当時陸軍には東京の板橋に火薬
フレアスタック 岩鼻陸軍火薬製造所その2
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2011年8月29日 岩鼻陸軍火薬製造所その2 · DSC_5459.jpg 謎の配管が多数壁から生えています。 ほんと何なんだ、この部屋。 DSC_5422.jpg 半地下なので、上の配管からは外の光が 差し込んでいます。 DSC_5423.jpg. DSC_5438.jpg 部屋が全体的に
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火薬試験用のトンネルらしいです。 イメージ 2. 直径は4mくらいありそうですなぁ~. イメージ 3. 注:何故か封鎖されていて、立ち入り禁止エリアになってました。 さて、ここから端っこを歩いてみると・・・・・・. コンクリート製の製造棟が残っています.
陸軍岩鼻火薬製造所跡② - YZ125再生日記(第六章)&雑記 - Yahoo
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いやぁ~ 見応えがありますなぁ♪♪ 来た甲斐がありましたっ。 続きでやんす 防爆土塁にはトンネル付きの有りますよ~ スタスタ・・・・・・・・ 公園内は防爆土塁だらけです♪♪ さてさて・・・ 公園の北側にも、製造棟は残っていました。 さすがに
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1880年に旧陸軍によって作られ、1882年に火薬の製造が始められた東京の板橋に火薬製造所があったが増産計画が出てきてそこで選ばれたのがここだった当時は貨物列車専用の鉄道(約1km)もあったらしい(駅跡地は原子力研究所敷地 
現役施設に眠る火薬製造所跡-ズズのいろいろ日記-Yahoo!ブログ
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今回、紹介するのは現役施設に眠る火薬製造所跡です。有名なとこなので詳しい事は書きませんが火薬製造所があったであろう施設が点在しております。
旧陸軍岩○火薬製造所
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2009/夏訪問旧陸軍岩○火薬製造所長閑な昼下がりの公園、私は其の奥に歩を進める。この公園一帯は、旧陸軍の火薬工場であったという…。ダイナマイト発祥の碑が、其の事実を今に伝えています。誰の目にも触れない、公園の奥に眠る遺構。樹木と夏草に阻まれた其の先に見えるも
旧岩鼻火薬製造所跡~① - キチキチ廃散歩 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/kitikitiboon/44689949.html
高崎市の東部にある公園「群○の森」の一帯は、かつては陸軍の火薬製造所があった所でした。その歴史は古く、明治15年(1882)11月、黒色火薬の製造を開始しています。当時陸軍には東京の板橋に火薬製造所がありましたが、増産が必要となり、建設地を探した結果、岩鼻が選
岩鼻火薬製造所跡地: Yamaro.net@blog
http://yamaro.asablo.jp/blog/2010/11/23/5531554
公園敷地を奥に進むと、小さなトンネルがあったり立ち入り禁止の柵があったりと、ただならぬ雰囲気の場所があります。そこにはこのような建物がいくつか並んでいます。ちなみに柵の向こうは、日本化薬という会社の敷地内で、立ち入り禁止です。今回は柵の向こう側から眺めることに
陸軍火薬製造所
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陸軍火薬製造所2002/11/8謎の廃温泉旅館の調査を終え、内部探索出来なかったことに若干物足りなさを感じつつ俺は帰路に着いていた。そこで帰り道たまたま通りかかったのがココ。群馬県民なら一度は足を運んだことがあるであろう緑のオアシス。そういえばこの敷地のどこか

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