尾平鉱山 概要・歴史

尾平鉱山(おびらこうざん)は、大分県豊後大野市緒方町にあった錫鉱山。

16世紀から17世紀に採掘が開始された。

1935(昭和10)年に三菱鉱業が鉱山経営に携わるようになり、鉱山設備が近代化され、飛躍的に産出量が増加した。最盛期の鉱山街には映画館や商店が立ち並び賑わったという。

しかし1950年代に入り産出量は激減、1954(昭和29)年に採掘中止に至った。

その後、蔵内尾平鉱山として採鉱が再開されたが、1959(昭和34)年に完全に閉山した。

三菱マテリアル尾平事務所で現在も鉱毒処理が行われており、かつては見学可能だったがその後禁止となったらしい。

選鉱所や坑口跡の他、鉱山集落の廃屋などが残っている。

状態
2011年09月15日作成  2019年07月04日更新

物件は管理されており、無断侵入や破壊・損壊行為、物品の持ち出し等は法的に禁じられています。航空写真・ストリートビューからの鑑賞を強く推奨します。また周辺地域を訪問される場合でも、公道上から外見のみを見学し、地域の方々に迷惑となる行為は厳に慎まれるようお願い致します。情報は最新の状態を反映しているとは限らず、リニューアル・再生されている場合もあります。当サイトの情報は物件の歴史的に一時的な状態を示しているのみです。また、不使用施設以外の味わい深い施設をおことわりの上紹介している場合がありますのでご注意下さい

尾平鉱山 住所

大分県豊後大野市緒方町尾平鉱山

尾平鉱山 種類

廃鉱・採石場跡

尾平鉱山 画像・写真

尾平鉱山

尾平鉱山 ストリートビュー・空中写真

尾平鉱山 スポット

尾平鉱山 関連ブログ・参考リンク

廃村尾平
廃村尾平▲ 404?
http://www.geocities.jp/kashii_gannyuu/index.ohira-h.htm
2009年3月18日訪問。鉱山があればそこに街ができる。そして鉱山が閉山すればその街は廃墟になる。日本には閉山した鉱山・炭鉱が数多く存在するが、その近くには往々にして運命を共にした街が存在している。閉山が1954(昭和29)年と早いため現存する建物はさほど多く
大分:尾平鉱山選鉱所(10[Fromthehillsidetothesummit]頂上付近|FORBIDDENKYUSHU
https://forbiddenkyushu.wordpress.com/2010/06/04/大分:尾平鉱山選鉱所10-from-the-hillside-to-the-summit-頂上付近/
尾平鉱山の選鉱所、険しい斜面をようやく頂上までやってきました。本日で尾平鉱山も最終記事になります。赤茶色に染まるホッパーの脇を登るとそこはもう頂上。やっと着いたなーという気持ちです。残りの斜面を一気に登りきり、到着。辿ってきた軌跡を再び見下ろす。よく体力が続い
尾平鉱山
http://orange.zero.jp/zbc54213.wing/obirakoozan.html
大分と宮崎の県境、古祖母山の北側山麓に広がる尾平鉱山で最初に銀が発見されたのは16世紀中頃と言われている。16世紀中頃と言えばまさに日本列島ど真ん中で信玄、家康、信長と言った戦国武将達が戦に明け暮れていたいわゆる戦国時代である。その後江戸時代に入りまもなく16
尾平鉱山|九州ヘリテージフィールドノート
http://blog.kyushu-heritage.jp/?eid=433319
大分県豊後大野市の南西部、宮崎県との県境付近の山間に明治以前より採鉱が行われていた金属鉱山である尾平鉱山があります。昭和10年に三菱鉱業により近代的操業が始まり、銀、砒素、銅、錫などの産出も飛躍的に増加。それに伴い従業員も増え、ピーク時の昭和25年には500人
大分・尾平鉱山
http://www.geocities.jp/purelove_haikyo/haikyo05/obikou01.htm
まずは見学の申し込みを事務所にします…この物件は「廃墟Standard+」のとおる氏が九州に来られたときに探索された物件です。私、先日TAO氏と行ってきました!
尾平廃村
尾平廃村▲ 404?
http://www.geocities.jp/purelove_haikyo/haikyo05/obison01.htm
尾平鉱山の周辺は廃村になっています。あちらこちらに廃屋がありました。

ピックアップ廃墟