土呂久鉱山 概要・歴史

土呂久鉱山(とろくこうざん)は宮崎県西臼杵郡高千穂町にあった鉱山。

1596年頃に発見。貞亨年間(1684―1687年)に銀山として採掘された。

明治初期から大正9年までおよび昭和8年から14年までの間に三酸化砒素の生産が行なわれ、また昭和30年から37年までは中島鉱山株式会社において砒素鉱の山元製錬が行なわれ、年間50〜100トンの三酸化砒素を産出していた。その後、同社は昭和37年に操業を中止、鉱区は住友金属鉱山(株)の所有となった。

土呂久鉱山では亜砒酸を製造する「亜ヒ焼き」が行われ、これにより重金属の粉塵や亜硫酸ガスが飛散、また川の水も汚染され、土呂久砒素公害へと発展した。1975年より裁判が始まり、15年後に和解。195名が認定患者となっている。

地図位置に大切坑が残る。立ち入り禁止となっており管理されている。

また付近ではダイヤモンドの代替品として珍重された「ダンブリ石」が採集できるという。

物件は管理されており、無断侵入や破壊・損壊行為、物品の持ち出し等は法的に禁じられています。航空写真・ストリートビューからの鑑賞を強く推奨します。また周辺地域を訪問される場合でも、公道上から外見のみを見学し、地域の方々に迷惑となる行為は厳に慎まれるようお願い致します。情報は最新の状態を反映しているとは限らず、リニューアル・再生されている場合もあります。当サイトの情報は物件の歴史的に一時的な状態を示しているのみです。また、不使用施設以外の味わい深い施設をおことわりの上紹介している場合がありますのでご注意下さい

土呂久鉱山 住所

宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸

土呂久鉱山 種類

廃鉱・採石場跡

土呂久鉱山 ブログ・リポート

土呂久鉱山行ってみました。 | ドーソン石のブログ
https://ameblo.jp/kazu1018yuki/entry-11705053346.html
尾平鉱山、銀鋪坑で、結構時間を取ってしまいました。元々、30分程度で切り上げる予定だったのですが、2時間も使ってしまいました。今日は、土呂久鉱山、秋元鉱山、槙峰鉱山に行ってみようと思ってたのですがちょっと時間が足りないか。とりあえず、土呂久鉱山に向かいます。ス
大分・宮崎の鉱山巡検④ 土呂久鉱山 : 趣味の砂金掘り日誌
https://kusanebiki.exblog.jp/26939787/
最終日、朝七時に出発。土呂久鉱山へ向かう。土呂久鉱山は、硫砒鉄鉱を亜砒酸窯で焙焼したことによる排気ガスなどが付近住民に砒素中毒をもたらし、損害賠償に発展したことでも知られる。まず通洞坑の見学に向かう。土呂久鉱山通洞坑その後、少し移動して水晶のサンプリングを行っ

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