上七尾は山梨県南巨摩郡富士川町(旧・増穂町)にある廃村集落。 1979(昭和54)年に全戸が離村した。 ...

上七尾(富士川町)

上七尾(富士川町) 概要・歴史

上七尾は山梨県南巨摩郡富士川町(旧・増穂町)にある廃村集落。 1979(昭和54)年に全戸が離村した。 ...
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上七尾(富士川町) ストリートビュー・空中写真

上七尾(富士川町) 関連ブログ・参考リンク

http://blogs.yahoo.co.jp/ydozou/1162715.html
旧増穂町七尾地区は戸川渓谷と増穂町小室地区との間にある山間部の集落です。上七尾・下七尾とあり最初 に訪れたのは上七尾地区です。この石碑はこの上七尾の地で 天文元年1532年より446年間にわたり居住さ れてきた第15代当主 
http://blogs.yahoo.co.jp/ydozou/1173576.html
追憶の集落「富士川町(旧増穂町七尾地区)廃村集落篇/1」の続きです。 ここが下七尾地区の入り口になります。 この地区には鉄砲撃ちの方が居られるようで猪が生け捕りにされていました。狩猟シーズン時の拠点とされてい るみたいです。 上 
http://yoshio-niikura.cocolog-nifty.com/tanabota/2016/12/post-cb99.html
山梨県の旧増穂町(現富士川町)七尾集落は、戸川沿いの渓谷から急傾斜の林道を登っていく。戸川は富士川の支流で、渓谷沿いには大きな釣場がある。これが『上七尾集落』の入口。右手が集落ということになる。標高約660m、川沿いの分岐からだけでも100m以上登ってきた。『上』があるのだから名前が示すように『下七尾集落』というのも別地区にあるが、こちらはまだ現住だ。伝えられるところでは、天文元年(1532年)から続いた集落だとか。でも昭和54年(1979年)を最後に全戸が離郷となった。これは一番形を保っている1軒。(2軒しかないが)それでも深い竹林に囲まれ、そのうち埋もれてしまいそうだ。こちらは土蔵代わりだろうか、1階部分がかなり痛んでしまっている。遠からず、朽ちてしまうんだろう。
http://www.aikis.or.jp/~kage-kan/19.Yamanashi/Masuho_Kaminanao.html
      ◆上七尾(かみななお/カミナロー)※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「鰍澤」(昭和27.8)を使用したものである所在:富士川町小室(こむろ)地形図:鰍沢/鰍沢形態:山中に家屋が集まる標高:約650m訪問:2009年8月  戸(と)川右岸、現在の忍沢(にんざわ)養殖場の向かいの山中にある。古い地図では10軒くらいの建物と寺院、北西の道沿いには桑畑が見られる。 集落跡は管理された家屋が2軒残り、うち1軒(写真1)は工房?として別の人が借りているよう。もう一方の敷地の一角には「離郷之碑」(昭和54年、秋山家による建立・写真4)が建っている。以下はその全文(一部に綴じの括弧がないのは原文のまま。■は当方による伏字)。秋山家は初代■■(天文一五三二年より四四六年間にわたり上七尾(小室■■番地に居住する第一五代当主■■(昭和五十四年一九二八年没)に当り増穂町長沢に移住この碑建立 以下町史より引用。 部落の上手に七尾大明神社がある。10軒あった農家が現在4戸12人で、養蚕を主業としている。 写真1 人家写真2 廃屋写真3 寺院?写真4 離郷之碑写真5 墓
https://yamap.com/activities/6077317
平清水集落からの続きです。上七尾、下七尾集落は、常住の住人はいないそうですが、犬がいる家があり、完全な廃集落ではないようです。車が走れる道もあり、アプローチは容易です。最後に訪れた日影林集落跡は、その名のとおり鬱蒼とした山林の中に、ひっそりとありました。