亀山発電所(かめやまはつでんしょ)は広島県広島市安佐北区(旧・安佐郡亀山村)の水力発電所。 1910....

亀山発電所

亀山発電所 概要・歴史

亀山発電所(かめやまはつでんしょ)は広島県広島市安佐北区(旧・安佐郡亀山村)の水力発電所。 1910....

亀山発電所 画像

亀山発電所(2017年9月)
© 2020 廃墟検索地図 転載禁止
亀山発電所(2017年9月)
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亀山発電所(2017年9月)
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亀山発電所(2017年9月)
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亀山発電所(2017年9月)
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亀山発電所 ストリートビュー・空中写真

亀山発電所 関連ブログ・参考リンク

http://yuquihiro.blog118.fc2.com/blog-entry-48.html
亀山発電所@2 広島市安佐北区亀山南、 太田川と旧亀山発電所。 昭和48年3月に廃止されている。 現在は太田川漁業協同組合が所有・管理している。 後に見えるは押上山・標 321.4㍍. 亀山発電所@3. JR可部線廃線区から見た旧亀山 
http://www.cf.city.hiroshima.jp/kameyama-k/machi/hatuden.html
ホームお知らせ施設案内講座案内活動グループ市民ギャラリー子育て応援情報図書室ボランティア亀山地域の史跡旧亀山発電所所在地:柳瀬 可部中央から河戸を経て、柳瀬・今井田方面へ太田川に沿って進むと、川がカーブしている地点に、煉瓦造りの「旧亀山発電所」が見えてくる。明治の末頃までの灯りは、ランプ・あんどん・たいまつなどの、暗いものであった。亀山発電所が、太田川最初の水力発電所として明治45年(1912)に完成して送電を開始した。 この運転開始により、灯りはランプから急速に電灯化すると共に産業の機械化・工業化をうながし、年と共に需要が増大していった。亀山発電所は、たび重なる太田川洪水に遭いながら電力供給を続けてきたが、昭和47年(1972)の大水害を契機に、老朽化・コスト高の理由で翌48年に65年の歴史を閉じた。現在は、太田川漁協の事務所として使用されているが、かって、広島藩御用の鮎のやな漁の本拠地であった由緒ある場所であることが立派な外観からうかがわれる。のちに第3代の太田川鉄橋が大正12年(1937)に完成すると、小学校の遠足や写生など、二つの場所がセットとして行われた。可部町内最古の洋風煉瓦造りの文化的遺産度々水害に遭遇した主な洪水の水位を示す標識太田川の流れと旧発電所の遠景旧発電所前から見た太田川下流の眺め戻る
https://arch-hiroshima.info/arch/hiroshima/kameyama.html
太田川の中流域に残る遺構。1889年に設立された広島電燈会社が太田川に建設した初の水力発電所である。当初は、写真#1の奥3スパン分が発電室、中央部の事務室を挟んで手前の2スパン分が変電室となっていた。発電所としては1972年の水害時の浸水で機能停止し、現在は漁協の事務所として使われている。
https://www.hotetu.net/Brick/Brickstructure/180119hiroshimadentou.html
更新履歴更新日時 2018年01月22日 広島電燈亀山発電所は広島県安佐郡亀山村大字今井田字長尾(現広島市安佐北区)にある、明治末から昭和にかけて稼働していた水力発電所である。広島太田川電力株式会社が設立され、明治40年(1907年)12月 太田川電力が河川使用許可を広島電燈へ譲渡。明治43年(1910年)10月に着工、明治45年(1912年)6月に竣工し、7月より送電を開始した。発電開始から60年間、度重なる洪水による被害や渇水による出力低下などを乗り越え稼働してきたが、昭和47年(1972)の大水害(昭和47年7月豪雨)を契機に老朽化した発電所の操業は翌年3月に停止した。現在は太田川漁業協同組合が建物を所有し、事務所として使用している。明治時代のレトロな赤煉瓦造りの建物が周辺の豊かな緑と対比をなしている。①広島電燈亀山発電所。当発電所は、水路式発電所で、W字の起点部分にあたる数キロ上流に水流を斜めに仕切る堰を設け取水口を設置し、全長2670メートル(内トンネル380メートル)の水路により発電所へ水を供給した。発電所には3組の水車(タービン)と発電機が設置され出力2100キロワット後に2400キロワットの電力を供給した。①広島電燈亀山発電所の建物は基礎に御影石と煉瓦造りの間に2層の御影石を組み込んで造られている珍しい構造。①広島電燈亀山発電所の窓部分上部には要石が配置されている。①広島電燈亀山発電所は幾度も水害にあっており、操業開始後8年目の大正8年7月には床上2.5メートル以上浸水し、昭和18年には7月に2メートル、9月には最大の3.5メートル以上の浸水があった。建屋の正面の壁に10回の洪水の水位が記録されている。同発電所の廃止の理由の一つとなった昭和47年7月の洪水の水位は約2.5メートルであった。発電所の建屋は平時の太田川の川面より数メートル上にあるので、最大の洪水であった昭和18年9月には川は10メートル近く増水した事になる。発電開始から60年間、度重なる洪水による被害や渇水による出力低下などを乗り越え稼働してきたが、昭和47年(1972)の大水害(昭和47年7月豪雨)を契機に老朽化した発電所の操業は翌年3月に停止した。①広島電燈亀山発電所は現在は太田川漁業協同組合が建物を所有し、事務所として使用している。明治時代のレトロな赤煉瓦造りの建物が周辺の豊かな緑と対比をなしている。①広島電燈亀山発電所。①広島電燈亀山発電所。①広島電燈亀山発電所裏の階段部分には、崩壊した煉瓦が積まれていてその中には煉瓦の刻印が確認出来た。①広島電燈亀山発電所で使われている煉瓦は六角形に三の煉瓦の刻印は確認出来た。六角形の刻印は旧広島陸軍糧秣支廠の軒下にも見られ、同じ製造所の煉瓦の刻印の可能性も有る(六角形内部の文字は違う)①広島電燈亀山発電所の軒下の煉瓦の刻印(マウスを乗せると拡大)①広島電燈亀山発電所の軒下の煉瓦の刻印(マウスを乗せると拡大)①広島電燈亀山発電所の軒下の煉瓦の刻印(マウスを乗せると拡大)ハッキリは確認出来ないが六角形に水の煉瓦の刻印に見える。旧広島陸軍糧秣支廠の煉瓦の刻印と同じ?Copyright (C) 2006-2020 hotetu.net All Rights Reserved外部から直接リンクで飛んできた方は右ホームページリンクへ http://www.hotetu.net/ 歩鉄の達人出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『善通寺市』を掲載」
http://map46-2.com/renkei/sanyou/kw_h3.html
 旧亀山発電所(太田川漁協)-広島市安佐北区可部町今井田- 可部の街を過ぎ太田川が小雨に煙る狭い峡谷を縫うように流れる。川岸でネムノキがピンクの花をつけ、その先端をまつ毛のようにカールさせている。この河岸はネムノキが随分多いところ。 鬱陶とした峡谷に可愛らしい季節の贈り物を得て、洋館も軽やかに見える。 レンガ造りの寄棟、平屋、桟瓦葺きの洋館は、明治45年竣工の元亀山発電所。たび重なる水害に見舞われ、昭和18年の大洪水では、半分以上が水没する被害を受け、昭和47年7月の水害を契機にして閉鎖。 洋館は、太田川漁協の事務所として使用されている。洋館の50メートルほど上流に漁協の養魚場がある。土手にエノキなどの巨木が繁っていて渓流釣や川遊びにもよいところ。近くにバス停がある。-平成18年7月-