富津試験場 概要・歴史

二つの時代の軍事遺構が重なる

富津試験場(陸軍兵器行政本部第一陸軍技術研究所富津試験場)は千葉県富津市にある旧軍遺構。

1881(明治14)年、元洲砲台起工。1895(明治28)年には東京湾要塞司令部が置かれ、28cm榴弾砲6門、12cmカノン4門の備え付ける。

しかし戦術の近代化に伴い無用となり、1904(明治37)年11月には28cm榴弾砲2門をバルチック艦隊対策として澎湖島要塞・鎮海湾・大連湾方面へ移設。

1915(大正4年)除籍。

代わって陸軍技術本部の大砲試射場が設置された。

1924(大正13)年、青堀駅から引き込み線が引かれ、日本で唯一の列車砲の試射場となる。太平洋戦争にかけて射撃研究設備が設置されていた。

2018年現在、元洲砲台跡が富津元洲堡塁砲台跡として整備されている他、富津試験場の遺構として観測壕、監的塀(試射した砲弾の着弾を確認する設備)、射入窖(しゃにゅうこう、銃器の弾丸を撃ち込む設備)などがが残る。また中根(篠部)、磯根(小久保)、洞口(竹岡)に着弾観測所があるという。

状態
2018年12月26日 更新

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富津試験場 住所

千葉県富津市富津

富津試験場 種類

軍事施設・戦争遺構

富津試験場 画像・写真

富津試験場
富津岬北側の監的所
富津試験場
富津岬北側の監的所
富津試験場
富津岬北側の監的所
富津試験場
射入窖
富津試験場
射入窖
富津試験場
射入窖
富津試験場
射入窖
富津試験場
避害所?
富津試験場
避害所?
富津試験場
避害所?
富津試験場
避害所?
富津試験場
イテ塔
富津試験場
イテ塔

富津試験場 ストリートビュー・空中写真

富津試験場 スポット

富津試験場 ブログ・リポート

富津射場
富津射場▲ 404?
http://www006.upp.so-net.ne.jp/fortress/tokyobay/futtsu2.htm
陸軍兵器行政本部第一陸軍技術研究所富津試験場(上)富津射場(陸軍兵器行政本部第一陸軍技術研究所富津試験場)(上2点)(左)観測壕一番上の図で40cm榴弾砲砲座の延長上の北側海岸に残る。(上)(左)(下)監的塀監的塀は左右に分かれており、割目の延長上(写真では手
陸軍富津試験場跡(千葉県富津市2005.08.26)
http://www.k4.dion.ne.jp/~entaigou/futtsu.html
陸軍技術研究所富津試験場跡(千葉県富津市2005.08.26)富津岬は房総半島から東京湾にのびる砂州で、現在は県立富津公園となっているが、多くの戦跡が残っている。富津公園からは第一海堡がすぐ近くに見えます。公園入り口の堀の中には小高い丘があります。ここは、堡塁
富津岬の軍事施設-昭和的心の遺産を求めて・・・-Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/naohiro064/12591642.html
17日は穏やかな春の陽気となり、午後から近場の富津岬へ行って来ました。富津岬は明治時代より、東京湾の防衛のため軍の施設が築かれた要塞で、太平洋戦争中は「第一陸軍技術研究所富津射場」が置かれ、現在でも当時の施設が数多く残されています。
陸軍技術本部富津試験場(富津射場)
http://www.geocities.jp/tcdnh830/sub/riku/shaba.html
陸軍技術本部は大砲等の実射試験については伊良湖射場を使用していたが、大正9年頃、実射試験の増加により同射場では間に合わなくなってきたことと、東京附近に自由に使用できる試験場が必要であることから、富津元洲砲台の跡地を管理替によって新た 
磯根着弾観測所 - とある戦跡と自衛隊 - FC2
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廃道ループ橋部分、この橋の所以外は未舗装の林道だ. DSC09615_R.jpg 富士浅間神社. DSC09616_R.jpg これも目印の一つだ、この後脇道に入れそうな所を虱潰しに2時間ほど山狩りをする. DSC09645_R.jpg これが入り口になる所 
とある戦跡と自衛隊 富津射撃場(富津元洲堡塁砲台)
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千葉県富津岬にある東京湾要塞地帯の一角である、南房総国定公園に残る遺構。富津射撃場(陸軍兵器行政本部第一陸軍技術研究所富津試験場)が出来る前は、富津元洲堡塁砲台が置かれ、旧式化による除籍まで28cm榴弾砲6門、12cmカノン砲4門にて東京湾を守護していた。この
富津岬にある戦争遺跡|ムルデカのスローな旅、すろーなドライブ
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円内に観測壕があります。明治百年展望台からは、肉眼で見ることが出来ます。展望台からだと少し歩く感じです。展望台からは、少し歩きますので、途中の道から入ります。海岸に出るとすぐ右側に見えます。旧日本陸軍・富津射撃場の観測壕です。観測壕のなかです。
ふぉーとれす 中根着弾観測所
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富津射場において四一糎榴弾砲の発射試験を行っており、海岸には着弾観測所の遺構が残っている。着弾観測所は一箇所だけではなく他にも設置されており、それらは軍用通信線が結ばれていたという。案内して下さるyakumoさんの後に続く。対岸の観音崎も近くに見える。遺構が見
富津岬にザク現る!( 千葉県 ) - 内房タイムス - Yahoo!ブログ
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旧陸軍富津射場観測壕富津岬は明治時代より、東京湾の防衛のため軍の施設が築かれた要塞で、太平洋戦争中は「第一陸軍技術研究所富津射場」が置かれ、現在でも当時の施設が数多く残されています。今回は、地元でボウズと呼ばれている旧陸軍の機関銃火器類の試射観測施設の紹介です
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・・・ 房総・富津岬の廃なもの ・・・ 房総半島の中ほどに東京湾に張り出した風光明媚な富津岬があります。約5kmにわた る天然の砂州は千葉県立富津公園となっていますが、この地はかつて幕末の黒船来航以来、海 上防衛の拠点と
陸軍技術研究所富津試験場(千葉県富津市):ぶらりん -net blog
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前回は明治期の元洲砲台の遺構を紹介したが、今回は陸軍技術研究所富津試験場の遺構を探索するよ。 元洲砲台は大正期の要塞整備によって廃止となったが、周辺地域は砲や銃器の耐久性や命中度等の性能試験場として整備された。
富津岬の遺構
http://www.geocities.jp/skegfirst/huttu2.html
2013年 9月 訪問 富津公園の駐車場に車を停めて、元洲砲台の付近にある遺構を探しに行ってみます。 砲台が廃止されてから、この一帯は富津試験場として大砲などの実射試験場として使用されました。 監的所が全部で3箇所、避害所
★ 富津岬の戦争遺跡 「4個のボウズ」 千葉県富津市 | 晴れた日はコペンに乗って出かけよう
https://ameblo.jp/20160719unyoukun/entry-12223422561.html
千葉県富津市の富津岬は、第二次世界大戦の時代にあった火器の試験場の遺跡が点在しています。その中で、地元では「ボウズ」と呼ばれている「観測壕」4個を見て来ました。これは、試射した着弾を観測して、その火器の性能を測定するための施設だそうです。

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