浦賀船渠(浦賀ドック) 概要・歴史

浦賀船渠(うらがせんきょ)は横須賀市浦賀地区にあった造船所。通称「浦賀ドック」。

江戸幕府により浦賀造船所をとして設置。国産初の洋式軍艦「鳳凰丸」が建造された。1859(安政6)年には日本初のドライドックが完成し、アメリカへ向かう咸臨丸の整備が行われている。

1876(明治9)年に閉鎖されるが、1897(明治30)年、浦賀造船所と同じ場所に浦賀船渠が設立された。

駆逐艦「長月」など、小艦艇建造を中心的業務とし、また1924(大正13)年には国内初の旅客兼車両渡船として青函連絡船「翔鳳丸」「飛鸞丸」を竣工させた。

太平洋戦争後も海上自衛隊向けに艦艇建造を続け、米空母ミッドウェイの大規模改修、日本丸建造なども行われた。

住友機械工業と合併した際、追浜造船所(現横須賀造船所)が開設され、浦賀地区は工場集約のため2003(平成15)年に閉鎖された。

現在、浦賀船渠の第1号ドック(通称浦賀ドック)は、川間ドックと共に世界に四箇所しか現存していないレンガ積みドライドックの一つとなっている。

管理されており通常立ち入ることはできないが、イベント等で一般公開されることもある。

状態
2019年05月17日 更新

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浦賀船渠(浦賀ドック) 住所

神奈川県横須賀市東浦賀1丁目

浦賀船渠(浦賀ドック) 種類

廃工場・発電所

浦賀船渠(浦賀ドック) 画像・写真

浦賀船渠(浦賀ドック)
浦賀船渠(浦賀ドック)

浦賀船渠(浦賀ドック) ストリートビュー・空中写真

浦賀船渠(浦賀ドック) 関連ブログ・参考リンク

浦賀ドック|寝言は寝て言うも~ん
http://ameblo.jp/hai6no1/entry-11120457251.html
浦賀船渠(うらがせんきょ)は横須賀市浦賀地区にあった造船所で、通称「浦賀ドック」と呼ばれておりました。浦賀ドックは1897年(明治30年)に日本で最初のドライドックとして誕生し、艦船や日本丸・海王丸などの大型帆船、貨物船、タンカーなど1,000隻以上の船を建造
浦賀ドック - 周回景観
http://funatowato.com/f/f3.htm
浦賀ドックは1897年(明治30年)に日本で最初のドライドックとして誕生して以来、艦船、日本丸や海王丸などの大型帆船、青函連絡船、貨物船、タンカーなど1,000隻以上の船を海に送りだしてきました。あの「咸臨丸」の修理や日本初の洋式軍艦「鳳凰丸」を造ったのもこの
住友重機械工業浦賀艦船工場 浦賀ドック
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呼称・住友重機械工業浦賀艦船工場浦賀ドック場所・横須賀市浦賀町ハイデフ探検隊はじめての探検は産業遺産浦賀ドック。普段は立入禁止のレンガドック特別に見学を許された。まず目に飛び込んできたのが巨大なクレーン。でも、クレーンにしては何かが足りない・・・。残念なことに
とある戦跡と自衛隊 浦賀ドック(船渠)
http://yakumo1100.blog.fc2.com/blog-entry-272.html
浦賀船渠は横須賀市浦賀駅前にあった住友重機械工業横須賀造船所、通称浦賀ドック。駆逐艦建造で有名であるが、軽巡洋艦阿武隈なども作っている。戦後も艦艇建造を続けたが、2003年に護衛艦「たかなみ」を最後に閉鎖された。1853年(嘉永6年)幕府が浦賀造船所を設置した
[旅行] 浦賀ドック / かつて栄え、いま廃墟、そして? | 思考回廊
http://trynext.com/travel/081018-1000.php
今回の目玉は浦賀ドックの特別公開。 浦賀船渠 通称:浦賀ドックは日本最初のドライドック。ときおり一般公開イベントがあるので、いつか見てみたいと思っていたんだよね。昨年はドッグの下まで降りられたが、今回は駄目だった。

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