川間ドック 概要・歴史

川間ドックは神奈川県横須賀市にある乾ドック。

東京石川島造船所が、大型船の建造修理のため、当時、取締役会長であった渋沢栄一の提案により、1895(明治28)年10月に浦賀分工場として建設に着手し、1898(明治31)年に営業を開始した。

1902(明治35)年には浦賀船渠が買収し、以後、同社の川間分工場になった。

浦賀ドックと同様、現在世界で四つしかないレンガで造られたドライドックの一つである。なお、四つのうちには川間ドックに加え浦賀船渠(浦賀ドック)が含まれる。

現在はヨットハーバーの一部になっている。

状態
2011年09月15日作成  2019年05月17日更新

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川間ドック 住所

神奈川県横須賀市西浦賀4丁目

川間ドック 種類

廃工場・発電所

川間ドック ストリートビュー・空中写真

川間ドック 関連ブログ・参考リンク

「浦賀ドック」周辺めぐり - 史跡ハンター 臥龍
http://blog.goo.ne.jp/meytel999/e/7a1a7d258e9b457e4ecb7ba34e58b3d4
それから「浦賀病院」方面に戻る途中にある「シティマリーナヴェラシス」というヨットハーバーに寄りました。その中にあるのが「川間ドック」です。(株)東京石川島造船所が大型船の建造修理のため、当時取締役会長であった渋沢栄一の提案により、明治28年(1895年)10月
www.usao.jp
http://www.usao.jp/usao/00117%E8%A6%B3%E9%9F%B3%E5%B4%8E%E3%83%BB%E5%8D%83%E4%BB%A3%E3%83%B6%E5%B4%8E/tomason00117.html
観音崎・千代ヶ崎(2015年10月24日) 晴れて気持ちの良い10月の末に、観音崎砲台跡を目指して行って見ることにしました。9月に走水低砲台跡に行きました。その時には横須賀美術館に車を留めて歩いて行ったのですが、やはり観音
川間ドック~久里浜住吉神社 - とある戦跡と自衛隊
http://yakumo1100.blog.fc2.com/blog-entry-274.html
以前紹介した浦賀ドックで、浦賀船渠の第1号ドック(通称浦賀ドック)は世界に4か所にしか現存していないレンガ積みドライドックのうちのひとつである。国内でも明治期のものは浦賀ドックと川間ドック跡しかなく、両者とも貴重な文化遺産である。と、説明した内のもう一つ川間ド
神奈川 浦賀ドック川間ドック : -廃虚日常記録帳-
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名古屋時代の友人から、浦賀ドックに降りれるぜい!との情報を貰った。(2014.10)”浦賀造船技術の語り部たち”というイベントで、毎年開催してる中島三郎助まつりや咸臨丸フェスティバルとは違う趣旨のものだ。元職人の話も聴けるし、何よりフランドル積みの乾ドックに降
川間ドック(レンガ積みの乾ドック) - 横須賀は浦賀周辺の情報をお伝えします
http://kowas.jimdo.com/2010/05/01/%E5%B7%9D%E9%96%93%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%AC%E7%A9%8D%E3%81%BF%E3%81%AE%E4%B9%BE%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF/
川間ドックは、浦賀ドックと同様、今や世界で四つしかないレンガで造られたドライドックのひとつです。川間ドックにある看板の文章を以下に引用します。(株)東京石川島造船所が、大型船の建造修理のため、当時、取締役会長であった渋沢栄一の提案により、明治二十八年(1895
再び浦賀を歩く(4) - 散歩三昧
http://aztkhs.blog.fc2.com/blog-entry-1034.html
この川間ドックは、浦賀船渠の設立とほぼ同時期に東京石川島造船所が浦賀分工場として設立した施設。激しい受注合戦の展開がおき、それに伴う経営の悪化で共倒れが懸念される状況に陥った。その後、浦賀船渠が買収し、以後、同社の川間分工場になった経緯がある。この経緯は、田町
旧住友重機械工業浦賀艦船工場② 第1号ドック・川間ドック
http://www.kindaikenchiku.com/yokosuka/yokosuka_sumitomo_2.htm
住友重機械工業浦賀艦船工場は、平成15年3月末日をもって閉鎖となりました。同社は横須賀にもドッグを所有していますが、そちらでは商用船を主としているのに対して浦賀では、駆逐艦や護衛艦など、主に軍用(現在では防衛庁)の船を中心に建造してきました。また、太平洋に面す
レンガ積み職人が遺した建造物 ~ 神奈川県編 (Ⅱ)   ダンピング競争に敗れ、対抗会社に呑みこまれた乾ドックの跡(横須賀市) | 職人の遺した仕事
http://makimino.jugem.jp/?eid=751
横須賀市はドックの街としても知られて来ました。そして横須賀のドックといえば浦賀ドックが思い浮かぶのですが、もう一つ「川間ドック」という明治33(1900)年に竣工したレンガ造の古いドライドック(乾ドック)が遺っています。世界に4カ所しか現存していないとうレンガ
浦賀港と 川間ドック - 船+色々な乗り物ブログ - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/takanami21/14145634.html
前回に続き神奈川県横須賀市浦賀です。浦賀には貴重なドックが2基、残されています。1基は前回の旧住友重工浦賀造船所の1号ドック。もう一つは浦賀造船所の分工場、川間分工場にあった川間ドックです。FUJIFILMS12016/05川間ドックは浦賀駅からゆっくり歩いて

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