古河鉱業目尾炭鉱は福岡県飯塚市にあった炭鉱。「目尾」は「しゃかのお」と読む。 1881(明治14)年、...

目尾炭鉱

目尾炭鉱 概要・歴史

古河鉱業目尾炭鉱は福岡県飯塚市にあった炭鉱。「目尾」は「しゃかのお」と読む。 1881(明治14)年、...
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目尾炭鉱 ストリートビュー・空中写真

目尾炭鉱 関連ブログ・参考リンク

http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/62.html
目尾と書いて『しゃかのお』と読みます小竹町新多にあった炭鉱で閉山時期は不明、しかし昭和45年古河下山田炭鉱閉山時に古河鉱業は石炭生産部門から全面撤退しているので大体そのくらいの時期でしょう。*クリックすると別窓でアニメーションGIF画像が見れます1974年頃~
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/346.html
目尾(しゃかのお)難解な読みで筑豊に住んでても読めない人が結構居たりする。その昔筑豊線から分岐した幸袋線の分岐してスグのところに炭鉱があった。土地名から『目尾炭鉱』、新多の古河鉱業目尾炭鉱は元々はこの場所からスタートしたらしい。(ジモばあ談)(でも最初は誰かが
http://ameblo.jp/gmgwwmd0/entry-11509581734.html
以前アップした、目尾炭鉱の近くに、松岩菩薩という供養塔がありますやはり、この炭鉱にも暗い過去がありました詳細は、写真でよろしくお願いいたします実際に石碑に書かれている事を直接見ていただきたいと思いますそして、供養塔の奥にも石板があり、このように書かれています同
http://tikuhouisann.doorblog.jp/archives/16050074.html
筑豊炭田の近代化発祥の地飯塚市目尾(しゃかのお)明治初年人力で石炭が採掘され、水が出て揚水に行きつまると炭坑を休止するなど、最大の隘路でした。この難関を杉山徳三郎が明治14年に目尾炭坑でポンプ揚水に成功し、各炭鉱もこぞってポンプ揚水に切り替え急激に出炭量が増加
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/584.html
新年一発目はこれまでの投稿の続きですたまたま横を通ったらモジャ刈りされてるみたいなので...奥が前回投稿の発掘現場付近(現在は埋め戻されてます)レールが♪筑豊本線方向架線柱が見える所までかなりの高低差が有るモジャってる所も確認するとレールはしっかり存在枕木柵が
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/608.html
前回の投稿から数ヶ月報道発表で更に発掘作業が進んで新たな発見があった模様一般公開日には都合で行けなかったので、とある日に見てきた前回幸袋線のレールを確認した場所からお邪魔するとレール等は以前と変らずそのまま少し山側に発掘途中らしい区域が有る何かの遺構でしょうな
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/470.html
現在は埋め戻されていますので現地へ行ってもレールとポイント切替取っ手くらいしか残ってないでしょう。一応モジャ側から突入したので規制札は判りませんでした(^^;→(言い訳)最後の雪がまだ残るとある日、CAPから頂いた情報を元に行ってみた枯れてるとはいえモジャは容
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/256.html
前回の投稿で消化不良だったコンクリート遺構、この冬寄ってみたら相変わらずのモジャっぷり(^^;あのコンクリ遺構はどうなってるか見ると...モジャが薄く突入出来そうやん♪入ってしまえ!(この冬のイベント等で麻痺?)階段がお出迎え上までどうやって上るか考えてたら何
目尾炭鉱 関連ワード
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