海老津炭鉱 概要・歴史

海老津炭鉱は福岡県遠賀郡岡垣町にあった炭鉱。

1912(明治45)年、操業開始。1923(大正12)年、私設戸切小学校を開校。

1955(昭和30)年2月に集団赤痢が発生、患者保菌者1326人、延べ1072人が収容された。

1956年(昭和31年)5月閉山。

石炭は坑口から鹿児島本線海老津駅まで運炭線で運ばれていた。

地図位置は第五坑付近で、巻上台座土台らしい遺構がある。他に火薬庫跡らしい遺構が見られたが、2018年現在、太陽光発電設備が設置されており、解体されたらしい。他に運炭線の橋梁(レンガ造のアーチ橋)が残っている。

状態
2019年03月10日 更新

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海老津炭鉱 住所

福岡県遠賀郡岡垣町戸切

海老津炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

海老津炭鉱 ストリートビュー・空中写真

海老津炭鉱 スポット

海老津炭鉱 関連ブログ・参考リンク

海老津炭鉱跡地(駈足版) | あれなん
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/284.html
海老津炭鉱:岡垣町にあった炭鉱開坑は古く明治期から記録有り。この炭鉱も数回の鉱業主変更の後昭和31年5月に閉山となっとります。(碑文より)現在の海老津炭鉱はこんなです、何処が炭鉱??ってくらい田舎の風景ちなみに正面の山はボタ山選炭施設があった付近海老津駅から後
ALL-A[海老津炭鉱運炭線]
http://allxa.web.fc2.com/archi/rail/senyo/ebitsu-coal-rail.html
福岡県遠賀郡は内陸部から玄界灘に流れる遠賀川の河口域に位置し、海老津(えびつ)は同郡岡垣町の一地名である。産炭地として有名な筑豊地方は主に福岡県の内陸部を指すが、広義には遠賀郡も含まれる。鉄道が発達する前、石炭は小舟に載せて遠賀川で運んでいたことを踏まえると、
大収穫!? ねじりまんぽもどき(笑)〜海老津炭鉱 運炭線跡〜 - phoblog de otchee
http://otchee.com/phoblog/2008/09/post-3.html
海老津に炭鉱があったのを知ってますか?数年前、昭和初期の地図を見ている時に海老津駅の南東、奥まったところに海老津炭鉱というのがあり、駅まで運炭線が延びているのを確認しました。その後、空中写真や地図で確認したら、運炭線跡はほぼ道路になっていることがわかりました。
海老津 炭鉱|鶴嘴さんのブログ
http://ameblo.jp/gmgwwmd0/entry-11201959101.html
遠賀郡岡垣町○合野地区にありました炭鉱、海老津炭鉱になりますこちらも、以前の更新後詳しく調べ、坑外図なるものを制作しました今回は、記事を編記追記したいと思いますさて、(昭和49年の航空写真)とりあえず、大まかな施設だけに番号をふってみた最初1番硬山隣の脇道を入
海老津炭鉱引込線橋梁
http://5.travel-way.net/~niemon/fukuoka/okagaki/hasi/ebitutankou.html
№5,263海老津炭鉱引込線橋梁2010.05.30遠賀郡岡垣町大字戸切橋幅:10.7m 3.7m径間:2.55m拱矢:1.3m海老津炭鉱引込線の煉瓦アーチ東側は斜橋になっていますが煉瓦をずらして組んでありますので、ネジリマンポにはなっていない珍しい形状です内
【アーチ】海老津のアーチ3本(ねじりまんぽ?)|くうねるあそぶ♪~NO RUINS,NO LIFE. ~|ブログ|Blue Field|みんカラ - 車・自動車SNS(ブログ・パーツ・整備・燃費)
http://minkara.carview.co.jp/userid/135933/blog/14481964/
さて、同業者ブログ(こんな表現があるのか?)でレンガアーチが大量うpされているので、便乗してアーチ量産体制に入ったblueですwで、今回は海老津地区のご紹介。海老津のレンガアーチといえば代表格はこちらでも、こいつのすぐ海老津駅側で「あんなロートルめ、俺はまだ現

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