諏訪鉱山(日立市) 概要・歴史

諏訪鉱山(すわこうざん)は茨城県日立市にあった鉱山。

1897(明治30)年に北の沢鉱山として開発が始まる。その後鉱業権は転々とし、1917(大正6)年4月に久原鉱業が買収、日立鉱山の支山となった。

1919(大正8)年に、諏訪鉱山から日立鉱山の精錬所がある大雄院まで鉄索が完成し本格生産に乗り出したが、第一次大戦後の恐慌により1921(大正10)年3月から約一年間休山に追い込まれた。

1922(大正11)年に再開。積極的な設備投資と硫化鉄鉱の需要急増により1933(昭和8)年には年産5万tを越える硫化鉄鉱を採掘する鉱山へと成長した。最盛期には鉱山従業員とその家族の1000人近い人々が居住したという。

戦後も採掘が続けられたが、品位が低さや合理化推進により1961(昭和36)年には硫化鉄鉱の採掘を中止して含銅硫化鉄鉱の採掘のみを継続。1965(昭和40)年10月、鉱量枯渇などにより閉山。

バス停名に諏訪鉱山の名が残る他、石垣跡、封鎖された坑口跡などがわずかに見られる。

状態
2011年09月15日作成  2019年10月12日更新

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諏訪鉱山(日立市) 住所

茨城県日立市諏訪町

諏訪鉱山(日立市) 種類

廃鉱・採石場跡

諏訪鉱山(日立市) ストリートビュー・空中写真

諏訪鉱山(日立市) 関連ブログ・参考リンク

諏訪鉱山
http://www.ja7fyg.sakura.ne.jp/kouzan/suwa/suwa.html
諏訪鉱山(茨城県)茨城県日立市諏訪町諏訪鉱山産出鉱物銅諏訪鉱山は日立鉱山の支山として大正6年(1917)~昭和35年(1960)まで銅を採掘していた鉱山です、鉱山跡は面影もなくバスの停留場がある。写真をクリックすると拡大します諏訪鉱山跡鉱山跡のバス停バス停の標
諏訪鉱山跡
http://kirara-hitachi.net/kasen/ayukawa/02jouryuu/0201kouzan_ato/kouzan_ato1.htm
諏訪鉱山跡諏訪鉱山の歴史は古く佐竹藩時代に硫化鉄鉱を採掘されていた。明治30年に瀬谷弥之助が鉱業権を得て開発した。明治42年以降経営者が次々と代った。北の沢鉱山は梅津精一に経営者が代わった時に諏訪鉱山と改称されている。第一次世界大戦の勃発に伴い銅需要が増加した

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