重内炭鉱、山口炭鉱は茨城県北茨城市にあった炭鉱。 大塚地区では明治30年前後に中小炭鉱の進出が始ま....

重内炭鉱、山口炭鉱

重内炭鉱、山口炭鉱 概要・歴史

重内炭鉱、山口炭鉱は茨城県北茨城市にあった炭鉱。 大塚地区では明治30年前後に中小炭鉱の進出が始ま....

重内炭鉱、山口炭鉱 画像

重内炭鉱のコンクリート遺構(2019年10月)
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重内炭鉱のコンクリート遺構
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重内炭鉱のコンクリート遺構
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同地周辺ではメガソーラーの建設工事が行われており、近づくことができない
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遺構自体は当面取り壊しの予定はないそうだが、時間の問題かもしれない
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遠景で別の遺構を望む。工事の真っ最中で立ち入りできない
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奥が遺構、手前は建設中の設備
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付近にはかなり古びた住居も見られる
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営業状況の怪しい店舗も見られる
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1970年代の空中写真
1974-1978年 国土地理院

近くのスポット

重内炭鉱、山口炭鉱 ストリートビュー・空中写真

重内炭鉱、山口炭鉱 関連ブログ・参考リンク

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更新日時2010年02月11日鉱業所名:重内炭砿鉱業権者名:重内鉱業㈱地区名:磯原操業開始:昭和14年租鉱権者32年度出炭:116.6(千トン)常用労務者数:854(人)重内炭鉱専用軌道開設昭和20年(1945年)年12月28日廃止昭和49年(1974年)年0
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更新日時2010年02月12日山口炭鉱専用軌道開設昭和21年(1946年)02月廃止昭和33年(1958年)02月全長常磐線磯原駅~北茨城市磯原町大塚(山口炭鉱)4.28㎞所在地茨城県北茨城市磯原町大塚494年間生産量51,582t労務者数48人①磯原駅(いそ
http://www.geocities.jp/sendaiairport/isohara/shig1.htm
重内炭鉱、山口炭鉱専用側線~2つの運炭軌道のせめぎ合い、そして合同~重内炭鉱、山口炭鉱専用側線の基礎知識開設(重内炭鉱専用側線)昭和20(1945)年12月28日(山口炭鉱専用側線)昭和21(1946)2月廃止(重内炭鉱専用側線)昭和49(1974)年6月(撤
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茨城県北茨城市。国鉄常磐線磯原駅から伸びていた専用線に沿って、終点の重内炭鉱までを探検してみる。磯原駅を出てしばらくは宅地化が進み、面影は残っていない。諦めかけていたとき、北茨城IC付近に廃線跡が出現する。線路脇ギリギリに民家が建ち、専用線特有の窮屈感がたまら
http://www.bisyojo-genkei.com/t_sub/sigeuti.html
重内炭鉱線(仮称)の面影昭和40年代に廃線になった鉄道の遺構です。当サイトでは勝手に”重内炭鉱線”と呼んでます。注:静かなところですので当サイトを見たからといって現場まで行かないよう願います。第1回2004.-2.21重内炭鉱線は常磐線磯原駅から分岐してました
https://blogs.yahoo.co.jp/glacier_express_1999/47091764.html
ヤマへ向けて登ってゆく線路跡この廃線跡のハイライト-錆びたガーター橋炭鉱跡まであとわずか