遊泉寺鉱山(遊泉寺銅山) 概要・歴史

遊泉寺鉱山は石川県小松市にあった鉱山。遊泉寺銅山とも呼ばれる。

1775年より銅が採掘された。

1902(明治35)年、吉田茂元首相の実兄だった竹内明太郎が本格経営に乗り出す。1906(明治39)年4月、鉱山口~小松間に遊泉寺銅山専用鉄道を敷設。また小型溶鉱炉真吹法を採用し、鉱山の近代化を図った。

遊泉寺-小松間の約8キロに専用鉄道を敷設、

最盛期の大正初期には、従業員とその家族5000人の鉱山町を成していたという。

1920(大正9)年頃に閉山。

なお、遊泉寺銅山専用鉄道は1918(大正7)年7月に廃止されているが、1929(昭和4)年にこの遊泉寺銅山専用鉄道の路盤を利用して白山電気鉄道が小松~遊泉寺間で開業、1937(昭和12)年に小松電気鉄道、1945(昭和20)年に北陸鉄道小松線となっている。

鉱山跡地に広場が整備され、記念碑や明太郎の銅像が設置されている。

広場近くの山中に精錬所跡の煉瓦煙突が残る。高さ20m直径2.5m。他に竪坑跡、ズリ山、真吹炉(まぶきろ)、巻き上げ機台座など数多くの遺構が見られる。

また紫水晶などが採取されるらしい。

状態
2019年08月09日 更新

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遊泉寺鉱山(遊泉寺銅山) 住所

石川県小松市鵜川町

遊泉寺鉱山(遊泉寺銅山) 種類

廃鉱・採石場跡

遊泉寺鉱山(遊泉寺銅山) ストリートビュー・空中写真

遊泉寺鉱山(遊泉寺銅山) スポット

遊泉寺鉱山(遊泉寺銅山) ブログ・リポート

遊泉寺銅山-01
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小松市 遊泉寺銅山跡に登る!
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小松市でアウトドア・スポーツ!!石川県小松市小松市遊泉寺銅山跡に登る!2006年に遊泉寺銅山跡地が遊歩道として整備されました。ここが駐車場とトイレです。とりあえず案内看板を見てください。鉱山作業工程で排出された大量の砂山を一周する??観音山にはお寺があるんかな
小松市の「遊泉寺銅山跡地」
http://www.shinkin.co.jp/tsurugi/huru020/hu2120/hu2120.html
精錬用の真吹炉(まぶきろ)小松市郊外の遊泉寺地区には藩政時代に銅を生産する鉱山として繁栄した遊泉寺銅山跡があり昔の栄光の跡を垣間見ることができる。記念碑と共に並ぶ銘板によると、この鉱山の創業は1807年で生産された銅は藩の有力な財源であった。一時期鉱員やその家
遊泉寺銅山跡 | 残影
http://sprout34.blog16.fc2.com/blog-entry-66.html
石川県小松市の山に、建機会社のコマツ(小松製作所)の前身であった銅山の跡が残っています。深い森の中に少数の遺構が存在するのみですが、遊歩道が整備され、自由に見学が出来ます。深い森の中に、ポカンと開くトンネルの口。看板によると、「精錬所のレンガ造りの巨大煙突と煙
砂山
http://www.geocities.jp/suzumenokai1114/53satoyama.html
2005.04.より登山順[加賀]遊泉寺砂山140m(小松市鵜川遊泉寺町)53第9回登山2017.01.02.駐車場より、逆回り一周。第8回登山2015.12.15.小松鵜川遊泉寺駐車場より一周。第7回登山2015.03.07.小松鵜川遊泉寺駐車場より一周。第
廃線探索 北陸鉄道小松線(歩鉄の達人)
http://www.hotetu.net/haisen/HokurikuShinetu/151122hokurikutetudoukomatusen.html
更新日時2015年12月26日北陸鉄道小松線は、石川県小松市内の小松駅-鵜川遊泉寺駅間を結んでいた北陸鉄道の鉄道路線。モータリゼーションの進行による利用者の大幅な減少により北陸鉄道の経営合理化の対象となり、1986年(昭和61年)5月31日限りで全線廃線となっ

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