高井鉱山 概要・歴史
硫黄と褐鉄鉱、二つの鉱山
高井鉱山は長野県上高井郡高山村にあった鉱山。
高井鉱山と呼ばれる鉱山は二つあり、一つは樋沢川源流の標高1700m付近に位置し、1916(大正5)年より硫黄が採掘された。1920(大正9)年には索道が樋沢から山元まで架設された。後に鉱区が群馬県側に移され、小串硫黄鉱山の前身となった。1928(昭和3)年8月に閉山したが、索道は小串硫黄鉱山のため毛無峠を越えて延長され、1971(昭和46)年まで操業した。
もう一つの高井鉱山は樋沢川沿いの標高1300m付近に位置し、太平洋戦争中の1943(昭和18)年から東亜鉱業株式会社により褐鉄鉱が採掘された。「高井褐鉄鉱鉱山」「高井鉄鉱山」とも呼ばれる。1944(昭和19)年から1945(昭和20)年にかけて元山より高井村の千本松入口まで約9kmの鉄索が架設された。
戦後の1950(昭和25)年8月、北信地方を襲った豪雨により樋沢川が増水、鉄砲水に飲み込まれ10名の鉱夫が流される事故となった。
遺構としては、監視塔跡のコンクリート遺構や、小串鉱山に向かうらしい電線、架空索道の鉄塔などが見られる。また、慰霊碑が残る。
2017-12-30
2021-06-23