豊浜隧道(後志) 概要・歴史

豊浜隧道セタカムイ隧道チャラセナイ隧道は北海道古平郡古平町の廃隧道。国道229号線旧道に位置する。

1963(昭和38)年に初代豊浜隧道が開通。そこからチャラセナイ隧道、セタカムイ隧道と連なるルートだった。

初代豊浜隧道は途中で大きく屈曲していた上、幅員6mと狭隘で老朽化が進んだことから、1984(昭和59)年に豊浜隧道と隣のチャラセナイ隧道をショートカットする2代目豊浜トンネルが建設された。

しかし、12年後の1996(平成8)年月10日に豊浜トンネル岩盤崩落事故が発生、死者20名の大惨事となった。

事故後、既に閉鎖されていた海側の初代豊浜隧道を一時的に利用し仮復旧。その後豊浜トンネル内から崩落現場を山側に迂回して古平町側に隣接していたセタカムイトンネル内に繋ぐバイパストンネルが掘られ、3代目豊浜トンネル(後志)として2000年に開通した。2代目トンネルの現用部分・新規のバイパストンネル部分・元セタカムイトンネルの現用部分を合わせた全長は2,228mとなっている。

現豊浜トンネルの古平側坑口(旧セタカムイトンネルの古平側坑口)脇には防災祈念公園が整備され、慰霊碑が設置されている。

崩落地点は入江状になった箇所に位置するため、海岸線からは視認することができず、通常船以外ではアプローチできないが、防災祈念公園付近に旧セタカムイ隧道の古平側坑口が所在する。かつては旧セタカムイ隧道の古平側坑口の封鎖がずさんで、入坑し、豊浜隧道、チャラセナイ隧道付近まで接近することができた。その後封鎖が厳重となり、現在は進入できない。なお、崩落事故当時に使用されていた山側のセタカムイ隧道の坑門は土砂で埋められている。

湯内漁港脇には初代豊浜隧道の東側坑門が封鎖された状態で残っており、道路上から容易に見学できる。

なお、国道229号線には檜山、熊石・乙部町間にも同名の豊浜隧道がある。

状態
2019年07月10日作成  2019年07月10日更新

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豊浜隧道(後志) 住所

北海道古平郡古平町沖町

豊浜隧道(後志) 種類

廃隧道

豊浜隧道(後志) 画像・写真

初代豊浜隧道の東側坑門
初代豊浜隧道の東側坑門

豊浜隧道(後志) ストリートビュー・空中写真

豊浜隧道(後志) スポット

豊浜隧道(後志) 関連ブログ・参考リンク

悲劇のトンネルへ – 日記的な何か
http://morigen.net/blog/?p=2031
△▽悲劇のトンネルへ2009-05-222009年,古平町,道路いつものようにスクール行ったんですが、天気が悪すぎて、到着前にクローズとなりました。せっかく新人さん一人ひきつれてきたんですけど残念ですね。それで向かったのが豊浜トンネル。豊浜トンネルといえば20
古平町その3
http://marine1.bio.sci.toho-u.ac.jp/tokyobay/topics/benthos2009_4_3.html
湯内漁港脇にある、豊浜隧道の余市側の坑門。現在とは異なり、複数の小さな隧道が連続していたが1984年に豊浜トンネルが開通して閉鎖された。脇にナゾの石碑がある。
ゆるたん。 |積丹紀行2014.8ーその1
http://shinotakasan.blog13.fc2.com/blog-entry-660.html
漁港のすぐ側には、「豊浜隧道」の名を冠した封鎖トンネル。そうここは、あの事故のあった豊浜トンネルの旧トンネル、ということらしい。事故のあとに、新しい現トンネルが出来るまで緊急措置として一時期再開したこともあったらしい。(この辺りの成り行きは複雑なので、気になる

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