野村キャッスルランド深山(みやま)は愛媛県西予市(旧・野村町)のレジャー施設。 某企業の代表取締...

野村キャッスルランド深山

野村キャッスルランド深山 概要・歴史

野村キャッスルランド深山(みやま)は愛媛県西予市(旧・野村町)のレジャー施設。 某企業の代表取締...

野村キャッスルランド深山 画像

野村キャッスルランド深山
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野村キャッスルランド深山 ストリートビュー・空中写真

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http://sikokulove.xyz/%E9%81%8A%E3%81%B3/%E5%9B%9B%E5%9B%BD%E9%81%A0%E5%87%BA%E3%83%BB%E8%A6%B3%E5%85%89/%E3%81%BE%E3%81%95%E3%81%AB%E7%A7%98%E5%A2%83%E3%80%82%E8%A5%BF%E4%BA%88%E5%B8%82%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E6%B7%B1%E5%B1%B1%E3%81%AE%E6%BB%9D%E9%87%8E/
西予市の山岳奥地に城があると聞いて行ってきました。なんでも昔、野村町あたりの資産家(瀧野保昭氏)が作った宿泊型のレジャー施設で、現在は休業放置されているそうです。昔は西予市の観光名所のひとつだったそうですが、現在は観光パンフレットにも載っていませんせん。滝野城までいく林道深山線の立て看板にもキャッスルランド深山が消された跡が・・・
http://www.interq.or.jp/leo/d-one/2008Q2/nomura_castleland_miyama.html
野村キャッスルランド深山訪問記2008年4月←前の訪問記 あやしい城に戻る 次の訪問記→ 今回の四国旅行は前回の四国一周からまだそんなに時間が経過していないのですが、といってももう3年経ってますが、その間に仕入れた情報の中で、一番気になっていて早く来たかったのがこの「野村キャッスルランド深山」でした。 既に閉鎖されてしまったのでそんなに急ぐ必要も無さそうですが、逆に閉鎖された事によって、山の奥地に有るらしいので、時間が経つと朽ち果てて近づけなくなったり、最悪の場合道が通行止めになったりするのでは、などと想像してるとだんだん不安になってきたので。 とはいえ、今回の旅行でも相変わらず行程が押していて「野村キャッスルランド深山」にも前日の夕方頃に行けたら良いなと思っていたのに、宿を取った宇和島に着いたのは午後8時過ぎ。そして、この日の行程もきつきつなので野村に行ったら明らかにはみ出してしまいます。 で、しばし考えて、どうせ野村キャッスルランド深山には誰も居ない所に勝手に行くのだから、時間は何時でも構わないだろうし(そもそも夕方に行く予定だったのもそういう理由)、日が出てて撮影できればOKという事で、宿の朝食の前に行ってくる事に。山の中の道をかなり走る事になるので、用心の為にかなり余裕を見たら午前4時に出掛ける事になってしまいました。 まだ真っ暗なホテルの駐車場を出て市街地から国道に。流石に、この時間だと道がえらく空いていて快調に距離を伸ばしていきます。国道から県道に入っても予想以上に良い道で、深山ダムの周辺に着いてもまだ夜が明けきっておらず、薄明かりの中です。 そこからナビを頼りに林道を上っていくと、まあ予想はしていたのですが本当に山の中で、この先に何か施設が有るなんて想像も出来ないな、と思っていたらかなり奥の方に棚田と数軒の民家が有ったりしましたが、そこからさらに数キロ上ると突然視界が開け、そこには深山の大城郭が現れました。 いや、本当に想像以上に大規模な施設なのですが、駐車場に車を停めて辺りを見回すと、確かにちょっとは寂れてますが、それなりに人の手は入っているようで...、危険な建物には見えません。管理人さんのお話によるとT氏は鉄骨や鉄板の加工技術を持っていたそうなのですが、その技術はかなりのものだった事が判ります。 そう思って天守を見ると壁も瓦も妙にツルツルというかテカテカしている事に気が付きます。つまりこの天守は鉄骨構造どころか屋根も壁も鉄板で出来ているのです。錆びたらえらい事になりそうなのですが、その心配もあってか最近に塗装をし直したのだそうで、それにも随分とお金が掛かったそうです。 天守閣の鯱。 良く見れば確かに、瓦ではなくて鉄板による造形である事が判りますが、かなり本格的な造形です。 小天守(二の丸)の鯱も鉄板製です。 こちらの方がよりシンプルでシャープな造形になっています。  因みに管理人さんの立場はナチュラルというか、管理を引き受けているくらいなのでこの施設に十分に思い入れは有って、さかにに惜しんでいるのですが、かといって税金の無駄遣いなのは間違いなく、事業の継続は無理だし無駄だと諦めている、という感じのようです。私もこのまま朽ちるのは大変に残念だとは思いますが、どう見ても黒字化は見込めそうにありませんし。 採算が取れないのは、やっぱり場所が悪すぎなので、林道が南側にトンネルで抜けて宇和島から近くなれば多少は便利になるのだけど、との事ですが具体的な計画がある訳では無いようなので、それが実現するとしてもかなり時間が掛かるので、それまでにはここは朽ち果ててしまうでしょう。 そして、さかんに「夏は涼しくて良いところなんだけどね」と強調されるので、冬は寒いんですか?と聞いたらなんと雪が積もる事も有るそうです。標高は500m程度なのですが、北向きの斜面なので雪は降りやすく溶けづらい条件ではあります。 それから、管理人さんには施設のあちこちを案内してもらって、突然の訪問にも関わらずとても親切にして頂きました。 管理人さんにお礼を言って別れた後、裏手の方に行ってみました。 天守の向かい側にある追手門。 敬老公園への入り口になっています。 敬老公園は斜面をつづら折りに順路が登り、四国八十八ヶ所巡りになっています。 また、大日如来像なども配置されています。公式ページ:西予市:野村キャッスルランド深山の紹介-情報提供:hyperkinchoさん-←前の訪問記 あやしい城に戻る 次の訪問記→
http://kei.txt-nifty.com/tabi/2008/01/post_48ed.html
 愛媛県西予市、野村ダムから渓谷をさかのぼったところに、ひとつの城があります。この写真の奥にあるのが、その城「滝野城」です。 手前に立っている観音像は、「乙姫観音」。 かつて、三間の豪族土居清良の娘の乙御前の婚礼が決まったものの、期日に婚約者の保堂新左衛門が迎えにこない。恥と思い剃髪して尼となったが、その後になって迎えが来た。仕方なくカツラをかぶって嫁に行ったけれど、カツラがバレて追い返され、実家に帰る途中、途方にくれて川に身を投げて亡くなられたとか。 で、そのカツラが川に流れたとゆーので、川の名前が「桂川」になったという悲しいのか悲しくないのか分からないオチ付き(汗)。 彼女の供養のために建立されたこの像は、滝野城を守護しているそうです。
https://blog.goo.ne.jp/bellsan0704rabyisan1204/e/4db6fae597d20572a97a4ba95f4746d2
キャッスルランドって文字を消してある探しているのはキャッスルランド深山 滝野城 標識通り右に進む少し走るとまた三叉路ここも右折 ここも標識があるのですぐわかる道もそれほど荒れてないけど車高短した短足車は要注意その都度降りて石を除けてやらないといけない このあと少し走ると城が見えてきます
https://minkara.carview.co.jp/userid/1337201/blog/30374456/
そのまま看板どおりに進んでいくと20分くらいで到着ですツイタ━━(゜∀゜)━━ヨこのお城の名前は滝野城と言うみたいですね~どうやらお一人の方が長年かけて建てたお城らしいです( ・∀・)つ〃∩ ヘェーヘェーヘェーお城その1↓お城その2↓お城その3↓なぜかゴミ屋敷(`Д´≡`Д´)??↓
https://plaza.rakuten.co.jp/nkoimeisui/diary/201006290000/
野村キャッスルランド 顕彰碑文を書き写す。顕彰の碑野村町大字阿下5号334番地有限会社 滝野産業代表取締役 瀧野保昭殿瀧野氏は昭和6年2月28日生まれ、昭和24年4月門司交通に入社昭和31年5月から町立野村病院にて入院療養生活を体験その間来るべき社会について思いを馳せられ地域社会に貢献しようと一念発起され昭和33年滝野産業を設立、地域住民の衛生的で快適な生活環境づくりを支えてこられました。その傍ら胸中深く秘められていたお城造りを昭和40年8月から開始以来31年8ヶ月の歳月を費やし滝野城「東楽園」の完成を見たのであります。瀧野氏はこの楽園が憩いと安らぎの園としてより多くの人々に親しみ愛されることを望まれ全ての施設を野村町に寄贈されました。よってここにその徳を讃え碑を建立し顕彰するものであります。平成9年10月1日 野村町
http://www.shikoku-net.co.jp/ehime/kankou/higashiuwagun/nomurakankou.htm
キャッスルランド深山タイムスリップの里緑深い山道を抜けると、突然それは姿を現わす。パッと開けた「空」に境界線を引く。ゆるやかな「山並み」。堂々と空を見上げる「天守閣」。取り囲むように並ぶ「お屋敷づくり」・・・一瞬にして時間を見失う不思議な体験。絵のような風景に目を疑う。聞こえてくるのは、ただ・・・・木々を揺らす風の音せせらぎに鳥の声。ゆっくりと流れる時間の中で、どうそ静に豊かに、心の休日をお楽しみ下さい。
http://muttyan3.fc2web.com/katuragawakeikoku07.html
キャッスルランド深山滝野城公園には下屋敷や水車小屋をはじめ、お屋敷造りのバンガローもある滝野城天守閣
http://ehimekennanyohokubu.blog.fc2.com/blog-entry-682.html
渓谷のずっと上にある「キャッスルランド深山(滝野城)」昔は宿泊施設であったが今は休業。ここまでの道は遠い。
http://blog.livedoor.jp/danke_323/archives/1699729.html
キャッスルランド深山ほ・・・・当時と変わってないよう。しかし、建物の前にはフェンスが建てられていた。ここはかつて宿泊施設だった。わたしらは泊まったことはなく、涼を求めて遊びにきてただけ~
http://inagura.blog60.fc2.com/blog-entry-12.html
初めて訪れた時、こんな山の中に豪華な山城が個人が至福の為に建造したと説明を聞いて更にビックリ!その後、何度か訪れたが、ついに平成18年4月より休業と..彼(城主)は ここに何を求めたのか? 戦国武将の生まれ変わりか 金持ちの変わり者か?でも 解る気がする。。 自分だけの宝物! 人は価値観が違えば評価も違う 表現の仕方も違う 他人の評価は必要ない、自分が満足すればいい眺めるだけでいい 触るだけでいい 使う事が出来るならなおさらいい!彼はこの地に真の“一国一城の主”になったに違いない。
https://ameblo.jp/kochi-romp/entry-12208807601.html
滝野城(キャッスルランド深山内)深山川上流の吉森山中腹、東楽園(平成9年に「キャッスルランド深山」に改称)内に於いて、天守閣(滝野城)が昭和40年着工、昭和55年に落成した。張りぼてではなく、五階建ての建築物で、最上階は展望室になっているが、壁や屋根は全て鉄板を塗装したもの。
http://www.kotaro-iseki.net/sumizumi/16-nomura.html
キャッスルランド深山【野村町野村16-1048-1(深山)】1998/1/22・滝野城が滝野氏から町に寄贈されたのを機会に愛称を募集し、1998年4月よりリニューアルオープンした。・山菜料理、バーベキュー、ステーキ、アメ・マスの塩焼きなどが楽しめる。・屋敷造りのバンガローでの宿泊が可能。宿泊費は2,000円より。・電話:0894-72-2854
http://seisan.cocolog-nifty.com/photos/sizen/0722miyamanomura0006.html
ここ西予市野村町で名声を馳せた「キャッスルランド深山」は平成18年4月から休業中となっていますが、この8月には完全に塀で囲まれて入れなくなるとの事です。幸いにも今回管理人さんのご好意により拝見させて頂きました。本当に残念です。もったいないです。