河東第一小学校 概要・歴史
校庭に空間線量率計が残る
河東第一小学校は福島県会津若松市(旧・河東町(かわひがしまち))にあった学校。
1873(明治6)年に村立対市小学校として旧六丁原村代官所長屋に創立。1874(明治7)年に六丁原小学校、1875(明治8)年に広田小学校と改称、1890(明治23)年に日橋第一小学校となる。
1916(大正5)年に日橋第一高等小学校、1941(昭和16)年に日橋村第一国民学校と改称。
戦後の1947(昭和22)年、日橋村立第一小学校となり、第一中学校を併設する。
1957(昭和32)年、町村合併により河東町立河東第一小学校となった。
2005(平成17)年11月、河東町が会津若松市に編入され、会津若松市立河東第一小学校となる。
2007(平成19)年、河東第一小学校、第二小学校、第三小学校が統合して閉校した。
2008(平成20)年に看護福祉専門学校に無償貸与される旨が発表されている。
2022(令和4)年9月時点で鉄筋3階建て校舎が綺麗な状態で残り、専門学校施設として利用されているが、校門の門柱には「河東町立河東第一小学校」の表記が見られる。
校庭には東日本大震災後に設置された空間線量率計があり、現在も稼働している。
痕跡を残しての再利用・一部現役・一部解体等、通常の不使用状態ではありません
2022-09-22