登戸研究所(第九技術研究所) 関連ブログ・参考リンク
http://golgo13.main.jp/050626/050626.htm
さて、今回行ったのは中島飛行機の武蔵製作所でなく、三鷹研究所(こことここ)である。 [参考文献]によると、三鷹研究所は1943年に竣工し、主に新機の設計が行われていた。 下記は当時の写真(ここから転載)で、上から順に、格納庫、設計本館、試作工場
http://kanreport.blog58.fc2.com/blog-entry-12.html
2010年5月16日 川崎市多摩区にある明治大学生田キャンパスは、陸軍登戸研究所の跡地に建てられ ていて、現在もいくつかの遺構が残されている。 明治大学は、登戸研究所の研究施設で あった第36号棟を改装して「明治大学平和教育 登戸研究所資料館」
http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/backnumber/17/wada_noborito.htm
旧陸軍登戸研究所が謀略・秘密戦の研究をし、アジア太平洋戦争でこれを実戦に使用 して重要な役割を果たした事についてはあまり知られていない。それどころか研究所に 勤務していた者でも当時は厳しい機密保持を強いられていたため、自分が直接関係した
http://www5b.biglobe.ne.jp/~a-uchi/haibutu/index4r.html
小さな神社ですがその境内には「登戸研究所跡碑」と標された石柱が立っています。 ただ、「登戸研究所」というのは俗称であって正しくは「陸軍第九技術研究所」と表すべきかと思われますが、研究内容が秘匿を要するためというだけにその存在すら秘匿とされ、ツ黴