伏龍洞窟陣地 概要・歴史

伏龍洞窟陣地は神奈川県鎌倉市にあった旧軍施設。横須賀海軍鎮守府稲村ヶ崎伏龍洞窟陣地。

伏龍(ふくりゅう)は、第二次世界大戦末期の大日本帝国海軍による特攻兵器のひとつで、潜水具を着用し棒付き機雷を手にした兵士が突撃するものだった。

稲村ヶ崎の海岸に洞窟陣地や銃眼が残る。

状態
2011年09月15日作成  2019年09月06日更新

物件は管理されており、無断侵入や破壊・損壊行為、物品の持ち出し等は法的に禁じられています。航空写真・ストリートビューからの鑑賞を強く推奨します。また周辺地域を訪問される場合でも、公道上から外見のみを見学し、地域の方々に迷惑となる行為は厳に慎まれるようお願い致します。情報は最新の状態を反映しているとは限らず、リニューアル・再生されている場合もあります。当サイトの情報は物件の歴史的に一時的な状態を示しているのみです。また、不使用施設以外の味わい深い施設をおことわりの上紹介している場合がありますのでご注意下さい

伏龍洞窟陣地 住所

神奈川県鎌倉市稲村ガ崎1丁目

伏龍洞窟陣地 種類

軍事施設・戦争遺構

伏龍洞窟陣地 ストリートビュー・空中写真

伏龍洞窟陣地 関連ブログ・参考リンク

Digital Artworks TeeART Blog. [戦跡] 稲村ヶ崎の洞窟砲台
http://teeart.blog107.fc2.com/blog-entry-112.html
鎌倉市にある稲村ヶ崎。ここには第二次世界大戦末期に伏龍部隊の基地として掘削された壕が残されている。また、同じ場所に、洞窟砲台や25mm機銃が装備されていたという銃眼も残されている。昔来たときは「この先立入禁止」の立て看板が立っていたような気がするが、波で倒壊し
稲村ヶ崎の洞窟陣地
http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn011/inamura/inamura.html
稲村ヶ崎の崖に洞窟陣地があるときいて見に行ったら、満潮近くで岩場に取り付くこと すら困難だった。そこで、干潮 伏龍とは、原始的な潜水服を着て海底で待ち伏せし、 棒の先についた爆雷で頭上を通過する敵船を攻撃する、という特攻戦法だ。米軍が上陸 し 
「伏龍」特攻隊の基地跡 - 湘南・鎌倉ぶらぶらネット
http://blog.shonanbb.net/article/72424287.html
2013年8月15日 稲村ヶ崎の戦跡:横穴は人間機雷「伏龍」特攻隊の基地跡,湘南・鎌倉エリアの「食べる」 「遊ぶ」「暮らす」を毎日更新でレポート. 海中にいったん展開すると、陣地変換は ほとんど不可能であった。 潜水缶は長時間の潜水を可能にするため、 
廃墟を旅する 【戦争遺跡】伏龍洞窟陣地
http://haikyotabi.blog33.fc2.com/blog-entry-6.html
それはどのようなものかというと、隊員は潜水服を身にまとい、竹竿の先端に爆雷をつけた棒機雷を持って陣地より歩いて沖合まで行って展開し、敵の上陸用舟艇が真上を通過したらその船底に棒機雷を突き刺すようにし、その瞬間に信管が 
稲村ヶ崎砲台
http://www.zakkisou.com/ikou/main2/Inamura.html
索引に戻る. 稲村ヶ崎砲台. ここは神奈川県鎌倉市稲村ヶ崎。伏龍陣地と洞窟型の砲台があったようです。1999年10月24日の遺構探訪「三浦半島遠征」に於いて関東地区の残存砲台跡研究の第一人者であるネーモン氏と戦争遺跡研究の重鎮であるH.S氏と 

ピックアップ廃墟