坂下隧道(尾鷲市) 関連ブログ・参考リンク
http://fumikikoba.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-45ce.html
2012年5月13日(日). 尾鷲の旧坂下(さかげ)トンネルという、誰も知らないような廃道のトンネルへ行ってきました。 案内は勿論「熊野体験企画」の「紀伊半島みる観る探検隊」です(笑)。 こんなマイナーな企画を建てるのはここしかありませんよね。 Sakagec.
http://netishim.seesaa.net/article/414612758.html
旧坂下隧道への東側からのアプローチ。 昔車で少し入ったことが有ります。西側からのアプローチ。当然侵入済です。 隧道 八知山隧道~カガスリ道 坂下隧道(さかげすいどう) 名無沢の隧道 東澤隧道 わもり沢隧道 高瀬隧道 廃
http://haisentn.s78.xrea.com/tunnel/main044.htm
現路線名 旧路線名 竣工年 現状 延長 幅員 高さ 覆工 所在地 国道425号線(一)折立尾鷲線 明治33年 廃道 61.8m - - 覆 尾鷲市
https://minkara.carview.co.jp/userid/1796277/blog/40861766/
本日は、三重県尾鷲市街の西側の山中にある坂下隧道へ行ってきました。訪れたのは2年11か月ぶり。今回も前回と同じルートで周回しました。紀勢道尾鷲北ICで降り、近くのコンビニで腹ごしらえをしてから、国道425号で現在の坂下隧道を抜けて、かつての峠道にあたる林道との分岐点に来ました。小雪がちらつく中、さっそく林道を登っていきます。20分ほど歩くと林道は終点となります。さらに奥へと分け入ると初代の坂下隧道があります。開通は明治33年とのこと。
https://ameblo.jp/quicknick/entry-12574665336.html
2010年2月21日、第六次三重県遠征。この日唯一にして最大のターゲットを訪ねた記録を、何回かに分けてご紹介する。 酷道425号を坂場トンネルからさらに走ることわずか3分。現れたのは、煉瓦ポータルの隧道。 その名を、(判読しづらいが)坂下(サカゲ)隧道という。現在地コチラ。 見た目の通りこの隧道は古く、明治44年の建造。そのスペックは、延長334m、幅員3.7m、有効高3.8m。堂々たるサイズである。 街道筋でもないこんな山中に、なぜ明治という極めて早い時期に隧道が穿たれたかというと、そこには林業との深い関わりがあった。すなわちこの隧道は、又口川流域で伐り出された木材を搬出するための、いわば「業務用隧道」だったのである。そのためか当初からこの隧道は有料トンネル(!)として通行料金が課せられていた。「尾鷲市史」によるとその通行料、「大八車で二銭、牛馬車は五銭で、徒歩は無料」であったという。 ちなみに…現在R425に指定されているこの区間、その前身は、主要地方道尾鷲上池原線…の前が一般県道尾鷲折立線、さらに遡れば…明治33年に完成した又口林道。すなわち、この地方で最初に「林産物搬出を主目的とした林道」として生まれた道だ。 明治33年に完成した林道に対し、この隧道は明治44年建造。この差が気になるアナタであってほしい(笑)。これについては、末尾に。
http://blowinthewind.net/haikyo/owase/owase.htm
廃墟の風景尾鷲市の旧隧道2018/5/22K-7/16-85 ■土井竹林の隧道/江戸末期天明・天保の飢饉の時に、土井家が米を放出して村人を助けたことから、そのお礼として村人たちが手掘りしたものである。かつではどうだったのか分からないが、今は土井竹林へ行くための隧道で、隧道の先はすぐに竹林で行き止まりになっている。古戸町の国道42号線沿いに広い駐車場のパチンコ店がある。その隣の回転寿司徳兵衛の駐車場から奥へ進む。マクドナルドを左に見ながら進み、突き当りを右へ。パチンコ店の広い駐車場を右に見ながら進む。突き当りが竹林への入口。 尾鷲市指定文化財の土井本家湧井井戸がある。右手の道を進む。井戸は水を蓄えて深そうだった。亜熱帯植物が植えられた道の先に隧道がある。竹林側から見る。土井竹林入口。■旧坂下(さかげ)隧道/1900年建造尾鷲市中心部から国道425号線を西へ、坂下トンネルの先に林道が分岐している。(A地点)この道がかつての国道で、旧坂下隧道はB地点にある。A地点からB地点まで徒歩20分あまり。隧道の先にさらに破線の道が続いているが、崩落があり、草木が生い茂っていて通行は困難。 旧坂下隧道西口。扁額には、右から鬼斧神鑿と刻まれている。鬼の斧、神の鑿(のみ)。人間の知恵や力を超えた、鬼や神の仕業のようなすばらしい仕事、という意味か。煉瓦には少し緩みが見られるが、建造から100年以上が経過しているものの、まだしっかりしているようだった。旧坂下隧道東口。扁額は坂下隧道。こちらの方が日当たりよいので、煉瓦の色が美しく見える。アーチ部の石は五角形で、煉瓦は下から上へ長辺と短辺が交互に積まれたイギリス積み。|廃墟の風景|