宝珠山炭鉱 概要・歴史

宝珠山炭鉱は福岡県朝倉郡東峰村にあった炭鉱。

江戸時代には石炭が発見されており、1912(明治45)年に、石炭王と呼ばれた伊藤伝右衛門が伊藤合名会社宝珠山炭坑を作り炭鉱開発が始まった。

1963(昭和38)年閉山。

日田彦山線大行司駅西にある東峰自然公園そばに鉄道橋跡があり、また公園入口に三坑坑口跡が残る。1948(昭和23)年に幹線坑道が完成したが不況による出炭制限で1954(昭和29)年に閉鎖された。

東峰自然公園の奥には1916(大正5)年に開坑した一坑坑口跡が見られる。

また宝珠山駅の近くには1935(昭和10)年に開坑した二坑跡が残っている。閉坑後に野菜貯蔵施設として利用されていたらしい。

状態
2019年02月22日 更新

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宝珠山炭鉱 住所

福岡県朝倉郡東峰村宝珠山

宝珠山炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

宝珠山炭鉱 ストリートビュー・空中写真

宝珠山炭鉱 スポット

宝珠山炭鉱 関連ブログ・参考リンク

宝珠山炭坑の遺構 - 気ままよろず日記 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/c_xantia_01/56198881.html
宝珠山(ほうしゅやま)は福岡県南部、大分県との県境近くにある山です。この辺りの村民の間では、18世紀末の江戸時代から石炭が燃料として使われていました。それが明治以後、産業用燃料として使用されるようになり、ここも企業の下で開発が進められたそうです。日田彦山線の宝
宝珠山炭坑の遺構(続編) - 気ままよろず日記 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/c_xantia_01/59886273.html
約1年ほど前に、福岡県朝倉郡東峰村の“宝珠山炭坑の遺構”という記事を掲出しましたが、先日その中の“二坑”の近くを通ったところ、坑口の前の道路を拡幅していて、以前訪れた時よりも間近に見ることができました。因みに以前はこんな感じでした(↓)。同時に、その近くにもう
宝珠山炭坑の坑口・一坑跡
http://5.travel-way.net/~niemon/4/2006/061027innai/dotyu/tankou.html
「18世紀末江戸時代寛政年間以来、村民が燃料としていた宝珠山の石炭は、明治になると産業化され、明治45(1912)年には、石炭王・伊藤伝右エ門による買収で伊藤合名会社宝珠山炭鉱となり、本格的な開発が始まり、大正5(1916)年、ここ大字福井川曲地区に延長730
九州ヘリテージ - 宝珠山炭坑
http://kyushu-heritage.jp/map/22housyu/22housyu.html
福岡県朝倉郡東峰村は静かな山村ですが、昭和38年までは石炭の街として栄えていました。江戸時代には石炭が発見されており、明治45年に"石炭王"と呼ばれる伊藤伝右衛門がこの地に伊藤合名会社宝珠山炭坑をつくり、本格的に炭鉱開発が始まります。写真の石組ポータルの坑
廃墟&近代化遺産(宝珠山炭坑1・2・3):響とバイクと山遊び:So-netブログ
http://hibiki15.blog.so-net.ne.jp/2007-06-09-2
福岡県の中央南部の大分県との県境にある宝珠山村。石垣の美しい棚田に囲まれた長閑な農村とばかり思ってたら小さいながらも炭坑が存在していたらしい。宝珠山炭坑筑豊を始めととする炭坑王の一人、伊藤伝右エ門の作った炭坑です。写真は3つある坑口の内の三坑跡。昭和26年に採
宝珠山炭鉱 | あれなん
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宝珠山炭鉱 2 | あれなん
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/464.html
約3年前駆足投稿した宝珠山炭鉱跡最近ちょっと気になる物体を航空画像で見つけたので探してみた。一坑と三坑は大行司駅付近で既に公園化桟橋の橋脚も坑口も普通に見れるし、土手の斜面には三坑の巻座も残ってるらしい。相変わらずな色の坑内水処理せんでいいのか??(^^;今回
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http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/465.html
前回投稿の続きです目的の遺構も一応見れたので帰るついでに元鉱業所を1周する道を進んでいると...こんなのが有った!橋脚と橋梁セット♪何故かこの部分だけが残る向こう側はビニールハウスとか畑で築堤そのものも無いコンクリート製なので比較的新しい?反対の土手に橋台とか

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