岩崎炭鉱 概要・歴史

岩崎炭鉱は福岡県北九州市八幡西区にあった炭鉱。中間市との市境近くに位置する。

1893(明治26)年に池田炭坑として開坑され、1896(明治29)年に岩崎炭坑と改称。1941(昭和16)年に新手三坑と改称、1961(昭和36)年に閉山した。

原炭ポケット跡やホッパーらしきコンクリート遺構が見られる。付近には「黒ダイヤ通り」という地名も残っている。

状態
2019年06月04日 更新

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岩崎炭鉱 住所

福岡県北九州市八幡西区岩崎

岩崎炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

岩崎炭鉱 ストリートビュー・空中写真

岩崎炭鉱 関連ブログ・参考リンク

岩崎炭鉱の残骸:響とバイクと山遊び:So-netブログ
http://hibiki15.blog.so-net.ne.jp/2009-03-14
岩崎炭鉱の石炭ポケットの跡で炭鉱のスペシャリストであるちくまえさんによると明治26年に開坑した時は池田炭鉱としてスタートし、何度か名前を変えつつ新手炭鉱となって昭和36年に閉山している。名前が変わる中で岩崎炭鉱と呼ばれていた時期もあったが住所が岩崎なのでみんな
岩崎 炭鉱|inherit mine history
http://ameblo.jp/gmgwwmd0/entry-11016175025.html
さて、ここは、自宅の近く岩崎地区にあったという、岩崎炭鉱になります岩崎炭鉱は、明治26年に池田炭鉱として開坑、明治29年に岩崎炭鉱と改称そして、昭和16年に九州採炭株式会社の経営に移り、新手三坑と改称された図は、昭和30年代の物なので新手三坑となっているそして
岩崎炭鉱の遺構 - 気ままよろず日記 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/c_xantia_01/59035890.html
福岡県中間(なかま)市の、北九州市との市境近くに“岩崎炭鉱”がありました。上の写真の中央、木が茂っている高台の一帯がその炭鉱跡です。ここは1893(明治26)年に“池田炭坑”として開坑され、1896(明治29)年に“岩崎炭坑”と改称、その後炭鉱主が幾度か変わり
岩崎炭鉱(九州採炭㈱ 新手炭鉱第三坑)跡 | あれなん
http://fine.ap.teacup.com/chikumae_life/69.html
少し筑豊地区から離れた炭鉱ですが...北九州市八幡西区岩崎付近にあった炭鉱明治26年池田炭鉱として開坑→明治29年岩崎炭鉱と改名→昭和13年から九州採炭(株)が運営→昭和16年名称が新手炭鉱第三坑となる→昭和36年閉山(画像は「国土画像情報国土交通省」)より1
香月--大辻炭鉱・岩崎炭鉱の遺構
http://nittan1971.web.fc2.com/nittan5/Ootsuji-tankou-Iwasaki-tankou.htm
大辻炭鉱・岩崎炭鉱の遺構昭和41年~44年に、香月の吉祥寺の近くに住んでいました吉祥寺と白岩観音の間には田畑が広がり、春にはレンゲ草の花が満開でした現在は、吉祥寺町と白岩町に変わっています大辻炭鉱の炭住街は、全てが市営団地や住宅街に生まれ変っています(香月小学

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