大和田炭鉱 概要・歴史

大和田炭鉱(おおわだたんこう)は北海道留萌市大和田町にあった炭鉱。

留萌炭田の初期の中心炭鉱であった。明治期には人口3000人あまりの集落を形成していた。

1899(明治32)年創業のメンコ炭山、1905(明治38)年創業の金喜炭山などが1907(明治40)年に併合し、大和田炭鉱合資会社となる。同年、留萌本線大和田駅が開業。

1918(大正7)年、北海炭業大和田炭鉱となる。

1925(大正14)年、閉山。

その後、1938(昭和13)年に寿炭鉱が大和田鉱業所として再開するも、1959(昭和34)年7月に閉山、会社は解散となった。

坑口跡やズリ山、火薬庫跡などが残る。第一坑斜坑口は大和田神社裏手に所在する。

大和田駅そばの踏切には「炭山道路」の文字が見られる。

また、現在の大和田生活館は炭鉱事務所跡に立地するものだという。

状態
2011年09月15日 作成
2019年07月01日 更新

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大和田炭鉱 住所

北海道留萌市大和田

大和田炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

大和田炭鉱 画像・写真

大和田炭鉱

大和田炭鉱 ストリートビュー・空中写真

大和田炭鉱 スポット

大和田炭鉱 関連ブログ・参考リンク

大和田炭鉱
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大和田炭鉱斜坑中は奥で崩れているズリ山もう一つの坑口もあった通気斜坑密閉されている扇風機らしい建物があった※当サイト内の写真及び記事等の転載、配布はご遠慮下さい。転載禁止(c)Copyright2007~2012nori.Allrightsreserved
大和田炭鉱
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大和田炭鉱留萌・大和田には昔炭鉱があった?留萌市内の大和田地区には昔、「大和田炭鉱」がありました。明治32年、大和田地区(当時の「留萌原野」)に「メンコ炭山」と「金喜炭山」がそれぞれ開業したのがはじまりで、以後買収・吸収を繰り返し最終的に大和田荘七氏が買収し「
北海道、何でも秘境探検記。(秘滝、秘湯、遺構、秘境駅他) 大和田炭鉱(留萌市)~住宅地に埋もれる抗口~
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大和田炭鉱|探検記録
http://ameblo.jp/treasurehunter1/entry-11818520193.html
そして以前から気になっていた扇風機ケースは倉庫代わりになってました。
空色コールマイン - sorairo coal mine -:大和田炭鉱
http://blog.livedoor.jp/sorairocm/tag/大和田炭鉱
留萌市にあった大和田炭鉱の跡です。【大和田炭鉱】明治25年に石田勇三郎氏が採掘を開始。以後、経営者が次々と代わる。大正5年、一旦休山。昭和13年、寿炭鉱留萌鉱業所により再開、安定操業を続けたが、戦後、経営不振に。27年、大和田炭鉱として再建を図るも34年、閉山
留萌 大和田炭鉱  探検: 北の細道
http://www7b.biglobe.ne.jp/~kitanohosomiti/top1050.html
大和田炭鉱で人道に潜る北海道留萌市明治38年に創業した留萌市南東の大和田炭鉱は、石炭積出港として栄えた留萌港から近く、炭質的にも恵まれていた。最盛期の1940年代には従業員700名近くを抱えた黄金時代を迎える。また、最大出炭の1958年にはその出炭量が75.0

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