虻田鉱山 関連ブログ・参考リンク
http://members3.jcom.home.ne.jp/bighorn3/kouzann/aputa/aputa1.html
虻田鉱山2010年9月2011年4月探訪概要虻田鉱山の発見は、明治25年ころ虻田に居住していた黒田雄橘という人が虻田市街からペトトリの山林を経て、洞爺湖畔に通ずる道路の側傍を流れていた赤川の沿岸の字フレナイ大師堂付近において、赤褐黒色の鉱物を発見したのがはじめ
http://hikyoutaki.blog.fc2.com/blog-entry-417.html
洞爺湖周辺にもかつて鉱山が幾つか栄えていた。最盛期には汚水が洞爺湖に流出し公害問題も発生したが、閉山後の有珠山噴火により噴出した岩石が洞爺湖に流入し、巧く中和されたとも言われている。今では観光名所として知られる洞爺湖の奥に眠る、虻田鉱山跡を探険してみた。市町村
http://hikyoutaki.blog.fc2.com/blog-entry-418.html
前回よりつづき最上部へ登るとけっこうな高度感があり、木々の奥に車道がみえる。草のないサラ地になっており、高さ約20mありそうだ。ブッシュが濃くジャングルと化している。セミ時雨のなか調査してみると、奥へと道が続いており辿ってみる。左側は高速道路へと続いていて頑丈
http://www7b.biglobe.ne.jp/~kitanohosomiti/top880.html
虻田鉱山で赤い池を見る北海道洞爺湖町胆振のこの付近には鉱山が密集している。仲洞爺・洞爺・伊達・大岸・礼文・小鉾岸・・・三豊地区で鉄鉱床が発見されたのは明治25年。その後、昭和20年代にはその鉱石を掘りつくしたが、昭和26年頃には更に深い層で硫化鉱体を発見し、再
http://blogeidetic.blogspot.jp/2014/01/blog-post.html
18切符のラスト1回をどこにしようかと悩みましたが、始発で出られなくて胆振方面くらいしかなく、虻田鉱山ってどうよ?と5分くらい検索して、三豊地区ということだけは分かったんでとりあえず出た次第。12時半頃に洞爺駅に着いて、北の方に向かいます。山に入る廃道がGPS
http://black.ap.teacup.com/isan/273.html
鉱区図を見つけたので行ってみました。探しても見つからず、場所を聞きにその辺歩いている人を探すがなかなか見つからず、というか人の姿すら見当たらないwようやく畑にいた人を発見そして虻田鉱山は何処ですか?と聞くとほれその下だよ~え~何処だろーとキョロキョロほれそこそ
http://www.dagashi.org/tro/hokkaido1.html
日鉄虻田鉱山跡1979.95万分の1の地図「虻田」で見つけた、日鉄虻田炭鉱の軌道。室蘭本線の洞爺駅から北東方向に坂を上ること約1.5キロ。しかし、そこにはこんな遺構が残されているだけ。周囲には人影もなく、まさに廃墟であった。かつては、鉄や硫酸の原料となる硫化鉄
http://blog.livedoor.jp/sorairocm/archives/2393920.html
昨日、虻田鉱山の製錬所跡を見に行きました。写真を撮り終えて車に乗ったら、ラジオから「震度7の地震があった」と。「震度7」なんて初めて聞いたのでびっくり。その後、洞爺湖畔の温泉施設に行ったら、テレビで東北地方や東京などの被害状況が報道されていました。これは大変だ