三崎砲台(岩堂山観測所) 概要・歴史

三崎砲台岩堂山観測所)は神奈川県三浦市にあった旧軍施設。

東京湾要塞の一部として1921(大正10)年竣工。七年式30cm長榴弾砲4門備えたが、1923(大正12)年の関東大震災により損傷し補修。1938(昭和13)年に七年式30cm長榴弾砲4門とも満州に移され、1939(昭和14)年に廃止。

岩堂山山頂に観測所跡と門柱跡が残る。

砲台跡はほとんど破壊されたが、北東1kmほどの地点に一部遺構が見られる。

状態
2019年05月19日 更新

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三崎砲台(岩堂山観測所) 住所

神奈川県三浦市南下浦町毘沙門

三崎砲台(岩堂山観測所) 種類

軍事施設・戦争遺構

三崎砲台(岩堂山観測所) ストリートビュー・空中写真

三崎砲台(岩堂山観測所) スポット

三崎砲台(岩堂山観測所) ブログ・リポート

三崎砲台
http://www.geocities.jp/tcdnh830/yousai/olddata/misa.html
三崎砲台砲台マップに戻る三浦市南下浦町金田小字東野頓坊大正7年起工、大正10年竣工、大正9年七年式三十センチ長榴弾砲据付竣工、大正12年震災により損傷、大正13年改築、昭和18年除籍砲は昭和13年に満州の砲台に移す。昭和11年、初めて八八式海岸射撃具が
とある戦跡と自衛隊 三崎砲台(岩堂山観測所)
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三崎砲台は東京湾要塞の一部として、大正10年竣工、七年式30cm長榴弾砲4門据付していたが、大正12年震災により損傷補修昭和13年に七年式30cm長榴弾砲4門とも、満州に移動され、同14年廃止となる。三崎砲台は実戦には一度も参加する事は無かった、砲座は4つとも
三崎砲台観測所(岩堂山) - 歴史カテゴリ - 虎箱! - Yahoo!ブログ
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畑に囲まれた道を北へ行くと、岩堂山が見えてきます。岩堂山は82.2m。神奈川県で一番低い山です。山の北側に登り口があり、砂利道を歩くと2~3分で頂上に着いてしまいます。石堂山は、大正時代から第2次大戦前に砲台の観測所が置かれていました。陸軍東京湾要塞三崎砲台金
三崎砲台跡 - サラリーマン放浪記
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ここは「三崎砲台」跡三崎砲台は三崎の裏道沿いにあり、比較的アプローチはしやすいですが、見落としやすく注意していないとたぶん通過します。ここが入り口。左右の石柱は当時の門柱と思われます。奥に見える二つの山(丘)の右側が着弾観測所と思われる建物のある「岩堂山」。で
三崎砲台 観測所 - 東京湾要塞写真館        
http://blog.goo.ne.jp/tcdnh830/e/89ed57dc27b282f51bae78a184877000
三崎砲台は大正7年起工、大正10年に竣工した七年式三十センチ長榴弾砲4門の砲台です。関東大震災により損傷しましたが、改築され、存続しました。写真の観測所には、昭和11年、日本で初めて八八式海岸射撃具が設置されました。城ヶ島砲台と同じような迷彩塗装が施されていま
山と鉄 剱崎・岩堂山(下)
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登り切ると廃墟が出現。検索してみると、これは三崎砲台の観測所の跡だった。ここの標高は約88mで、三角点の標高は82.1m。実はさっき景色を眺めた場所あたりに三角点はあったはずなのだが、探すのを忘れてしまった。残念。たんぽぽに別れを告げて、急ぎバス停に向かう。残

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