三池炭鉱宮浦坑 概要・歴史

三池炭鉱宮浦坑は福岡県大牟田市にあった炭鉱。

七浦坑の空気流通と採炭予備のため、1887(明治20)年開坑。

1968(昭和43)年閉坑。排気は七浦坑の第三斜坑から行い、排水も当初は七浦坑、後に宮原坑で行うなど、揚炭と人員の昇降に限定した炭坑だった。

1923(大正12)年に大斜坑を開坑。万田坑四山坑に並ぶ主力坑となった。

1968(昭和43)年閉坑。

現在は宮浦石炭公園として整備されており、1888(明治21)年3月に建造された赤レンガ煙突と、大斜坑の坑口跡・プラットホームが残されている。また実際に使用されていた人車や機械も展示されている。

状態
2019年03月01日 更新

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三池炭鉱宮浦坑 住所

福岡県大牟田市西宮浦町

三池炭鉱宮浦坑 種類

廃鉱・採石場跡

三池炭鉱宮浦坑 画像・写真

三池炭鉱宮浦坑

三池炭鉱宮浦坑 ストリートビュー・空中写真

三池炭鉱宮浦坑 ブログ・リポート

廃墟&近代化遺産(宮浦坑跡で遊ぶ):響とバイクと山遊び:So-netブログ
http://hibiki15.blog.so-net.ne.jp/2008-02-13
威風堂々と天高くそびえる煙突高さ31.2」mを誇るその煉瓦の煙突の正体は福岡県大牟田市にある宮浦坑跡の煙突かつて坑口のあった場所は公園として整備されています。明治20年に開坑し昭和22年に閉山した宮浦坑は今でも工場群の中にあり、いかに近代工業に直接関係していた
三池炭鉱 #04:宮浦坑 - 廃墟徒然草 -Sweet Melancholly-
http://blog.goo.ne.jp/ruinsdiary/e/0651e8c267332bb3af0598f517f15161
シリーズでアップしている三池炭鉱。前回まで三池炭鉱の歴史をさらっと触れて来ましたが、今回からは具体的に施設を見えて行きたいと想います。まずは文化財に指定されるなどして保存されている施設、次に、惜しくも壊されてしまった施設、最後に、史跡などに指定されてはいないけ
三池炭鉱宮浦坑
http://homepage1.nifty.com/yamada/miyaura.htm
三池炭鉱宮浦坑国登録文化財旧三池炭鉱宮浦坑煙突宮浦坑は明治21年に開坑した坑口です。明治22年に三池炭鉱は三井組に払い下げられますので、官営時代の最後に開発された坑口ということになります。現在宮浦坑跡地は中央工業団地に再開発され、れんが煙突と大斜坑(大正12年
旧三池炭鉱宮浦坑煙突
http://homepage1.nifty.com/yamada/miyauraentotsu.htm
旧三池炭鉱宮浦坑煙突国の登録文化財となっている旧三池炭鉱宮浦坑煙突です。高さ31.2m、基部直径4.3m、上部直径2.9mで、16万8千枚の耐火煉瓦を使用して築かれています。昔の宮浦坑の写真には、れんが煙突が3本写っていますが、そのうちの1本がこの煙突です。明
建築マップ 福岡県[三池炭鉱宮浦坑]1/4
http://allxa.web.fc2.com/a-map/jp_fukuoka/miyaura/miyaura01.html
宮浦坑は大牟田駅から東に徒歩20分程度という、他の主力坑に比べると中心市街地から近い場所に位置し、竪坑と斜坑が存在しました。まず官営時代の1887(明治20)年に第一竪坑の開削が始まって、同年内に炭層に到達(着炭)、翌年に操業、つまり石炭の掘り出しを開始します
ALL-A[三池炭鉱宮浦坑トップ]
http://allxa.web.fc2.com/archi/industry/coalmine/miyaura/index.html
三池炭鉱の坑口のひとつである宮浦坑は、大牟田駅から東に徒歩20分程度という市街地に比較的近い場所にある。操業開始は1888(明治21)年で閉坑したのは1968(昭和43)年。80年という操業期間は坑口群においては最長で、主力坑として長年にわたり三池炭鉱の経営を

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