日鉄鉱業嘉穂鉱業所大分坑 概要・歴史

日鉄鉱業嘉穂鉱業所大分坑は福岡県飯塚市大分にあった炭鉱。

1926(大正15)年、嘉穂鉱業設立。1927(昭和2)年、嘉穂炭鉱(上穂波坑)開坑。1953(昭和28)年、嘉穂鉱業と長崎鉱業が合併、嘉穂長崎鉱業設立。1954(昭和29)年、日鉄鉱業と嘉穂長崎鉱業が合併、嘉穂鉱業所は日鉄鉱業嘉穂鉱業所となる。

1969(昭和44)年、上穂波、大分坑閉山。

地図位置の嘉穂製作所敷地内に火薬庫跡が見られる他、コンクリート遺構、専用線の橋台跡などが残る。また藪に埋もれた円形の大型コンクリート遺構がある。

状態
2011年09月15日作成  2019年05月27日更新

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日鉄鉱業嘉穂鉱業所大分坑 住所

福岡県飯塚市大分

日鉄鉱業嘉穂鉱業所大分坑 種類

廃鉱・採石場跡

日鉄鉱業嘉穂鉱業所大分坑 ストリートビュー・空中写真

日鉄鉱業嘉穂鉱業所大分坑 スポット

日鉄鉱業嘉穂鉱業所大分坑 関連ブログ・参考リンク

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日鉄鉱業㈱嘉穂鉱業所 大分坑跡(Part2) | あれなん
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上穂波坑採炭の原炭は大分坑に揚げられていたというのは上穂波坑で記述しましたが、このほど筑穂町史(下巻)にて上穂波坑と大分坑が地下で繋がっていて揚炭は最新鋭機器がある大分坑に揚げて選炭及び出炭していた事が判りました。上穂波駅~上穂波坑専用線は必要が無くなったため
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