問寒別線(幌延町営軌道) 概要・歴史

問寒別線(幌延町営軌道)は北海道幌延町にあった簡易軌道。

1930(昭和5)年、問寒別川流域の入植促進を目的に、宗谷本線問寒別駅から上問寒別(十六線)の間で馬力軌道として開業。その後、砂クローム輸送のために二十線及びその先の採掘場まで延伸された。

戦後、砂クロームの採掘及び輸送は中止となったが、代わって北方産業株式会社、次いで幌延鉱業株式会社により石炭の採掘が始まり、1947(昭和22)年に二十線から約3kmの炭鉱線を建設した。

1958(昭和33)年に炭鉱は閉山、その後も旅客輸送のほか、雪印乳業問寒別工場への生乳輸送、北海道大学天塩演習林から切り出した原木搬出などの輸送機関としての役目を果たしていた。

1971(昭和46)年に廃止。

ヌポロマポロ川を渡っていた橋の橋脚、問寒別川を渡っていた橋の橋台、終点の二十線に軌道事務所(地図位置)が残る。事務所は崩壊が進んでいる。

かつては屋根の落ちた車庫が残っていたが、撤去されたという。

状態
2019年08月10日 更新

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問寒別線(幌延町営軌道) 住所

北海道天塩郡幌延町上問寒

問寒別線(幌延町営軌道) 種類

廃線・鉄道駅

問寒別線(幌延町営軌道) 画像・写真

問寒別線(幌延町営軌道)
問寒別線(幌延町営軌道)の軌道事務所跡

問寒別線(幌延町営軌道) ストリートビュー・空中写真

問寒別線(幌延町営軌道) スポット

問寒別線(幌延町営軌道) ブログ・リポート・参考リンク

幌延町営軌道と幌延町の秘境駅|2017年も冒険の旅は続く・・・|ブログ|冒険野郎スカR|みんカラ - 車・自動車SNS(ブログ・パーツ・整備・燃費)
http://minkara.carview.co.jp/userid/177050/blog/38268796/
★幌延町営軌道★かつて幌延町にあった簡易軌道問寒別~二十線間16.3kmさらにクローム鉱石輸送や石炭輸送もしていた。1958年(昭和33年)炭鉱が閉鎖され、石炭輸送業務終了1971年(昭和46年)幌延町営軌道全線廃止以下、幌延町営軌道跡を探索内容ですwJR問寒
問寒別の廃線跡 | 散歩の思考 : SwingBooks.jp
http://swingbooks.jp/2012/11/11/toikanbetsu/
幌延には、軽便鉄道・ナローゲージ愛好者として訪れておきたい場所があった。問寒別である。ここはかつて存在した幌延町営軌道(簡易軌道問寒別線ともいう)というナローゲージの鉄道の起点となっていた場所である。1971年廃線。ぼくが物心ついたときには消滅していた。問寒別
幌延町営軌道(問寒別線) 日々のメモ帳/ウェブリブログ
http://futures.at.webry.info/201009/article_1.html
宗谷本線問寒別駅前から幌延町営軌道(殖民軌道問寒別線、16.3km)が開通したのは1935年9月のこと。その後、クロームや石炭の輸送のための支線や延長線を持っていた時期もありましたが、幌延炭鉱閉鎖のため1958年に石炭輸送を終了し、1971年5月にはすべて廃止
殖民軌道/簡易軌道問寒別線
http://www007.upp.so-net.ne.jp/hashigo/ruins/u023.html
現在の天塩郡幌延町内の省線(注:後の国鉄⇒JR北海道)宗谷本線~問寒別駅の北側から、北の開拓地である二十線へと向かっていた路線である。文献では、しばしば「幌延町営軌道」の名で登場しているが、幌延町内には全く別の区間に幌延線が存在したことを考えると、やはり当路線
北海道の簡易軌道(幌延町営軌道)
http://www.dagashi.org/tro/kan_horo.html
北海道の簡易軌道幌延(ほろのべ)町は北海道の北部にある町で、町営軌道問寒別(といかんべつ)線は、宗谷本線問寒別駅を起点とした簡易軌道である。もともとは、天塩工業の鉱山鉄道として建設されたものだが、昭和27年に北海道、北海道開発庁、幌延村(当時)が協議して、村が
なよろサンピラーユースホステルのえにっき 幌延町営簡易軌道問寒別線跡と天北線跡
http://nayoroyh.blog107.fc2.com/blog-entry-1765.html
今日は幌延町営簡易軌道問寒別線跡を見に行ってきました。問寒別から北の方に延びていた軌道で、1971年に廃線。今では橋梁跡を中心に残っています。こちらはほぼ終点の二十線の軌道事務所跡。ここには軌道終点の標識も建っています。知駒峠を越えるも利尻は見えず。天北線跡で
1970年代 北海道鉄道写真 幌延殖民軌道 問寒別線
http://nigochu.xsrv.jp/toikanbetsu.html
幌延殖民軌道問寒別線管理人が、当サイトの立ち上げを思いつくにい至るには、問寒別殖民軌道を記録した写真の存在が発端となった。地図収集、鉄道巡り、廃線跡巡りを通じて、北海道の各地に殖民軌道や森林軌道が驚くほど奥深くまで張り巡らされていたことを知るようになった私は、
幌延町営問寒別線・事務所跡 : 遠い記憶、忘れられた風景。
http://moritocoa.exblog.jp/10922839/
2008年09月20日・北海道天塩郡幌延町字上問寒カメラを向ける廃墟の数々出逢いと別れを繰り返し歳月は刻々と過ぎる不変不朽の願いが叶うことはない●CanonEOS40D EF-S10-22mm1:3.5-4.5◇◇◇◇◇道路整備や自動車の普及していなかった時代

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