糸洲分院壕 概要・歴史

糸洲分院壕は、沖縄県糸満市糸洲にある病院壕跡。

元々はウンジャーガマ(糸洲の壕)という自然洞窟で、1945年5月27日に豊見城の積徳高等女学校学徒隊がこの壕に移転し、第24師団第二野戦病院糸洲分院壕として使用された。

現在は歴史的遺構として管理され一般公開されている。

状態
2011年09月15日作成  2019年09月07日更新

物件は管理されており、無断侵入や破壊・損壊行為、物品の持ち出し等は法的に禁じられています。航空写真・ストリートビューからの鑑賞を強く推奨します。また周辺地域を訪問される場合でも、公道上から外見のみを見学し、地域の方々に迷惑となる行為は厳に慎まれるようお願い致します。情報は最新の状態を反映しているとは限らず、リニューアル・再生されている場合もあります。当サイトの情報は物件の歴史的に一時的な状態を示しているのみです。また、不使用施設以外の味わい深い施設をおことわりの上紹介している場合がありますのでご注意下さい

糸洲分院壕 住所

沖縄県糸満市

糸洲分院壕 種類

軍事施設・戦争遺構

糸洲分院壕 ストリートビュー・空中写真

糸洲分院壕 関連ブログ・参考リンク

ウッカーガマ(糸洲壕)
http://www.h2.dion.ne.jp/~uehara86/uka-.html
ウッカーガマ(糸洲壕) 24師団第二野戦病院 糸洲分院壕(積徳女子学徒) 糸満市 伊敷にある糸州の壕は自然洞窟、このガマは出入り口が2箇所ありウッカーガマ、 ウンジャーガマと呼ばれる。1944年10・10空襲後、糸州の住民の多くは ウンジャーガマ(
ウッカーガマ
http://www.h2.dion.ne.jp/~uehara86/gama/uka-.html
現在、糸州壕の名称で呼ばれているが、糸洲集落にあるから糸洲壕の名称であり、ここ はウッカーガマ。ちなみに糸洲集落にはひめゆり関係の糸洲壕(第二外科壕)も存在 する。ウッカーガマは当時糸洲分院の炊事場として利用されていた。本来、避難民が 利用
八重瀬町:沖縄の風景
http://okinawanofukei.ti-da.net/c124371.html
2011年1月24日 昭和20年4月下旬 第一野戦病院新城分院壕開設され、命により白梅隊員5名配置に つく。(通称ヌヌマチガマ) 昭和20年6月3日 戦況が悪化し新城分院壕は閉鎖され、 隊員5名は八重瀬の本体へ帰隊した。 糸洲の壕 の風景はこちら
3.真の慰霊の旅
http://www.kitanet.ne.jp/~takashi/gikai9jou/okinawahoukoku-3.html
2010年5月20日 南風原壕だけでは収容できないため、分院が糸数(アブチラ・糸数壕)、余儀、楚辺、一 日橋、識名、嘉手納、名護に設置された。」 「本部が山城の壕、第一と第三外科が糸洲 の壕へ移る」とあるように、5月末には、沖縄陸軍病院は、洞窟の横穴
ひめゆりの塔周辺 - むかしこのしまにせんそうがあった - FC2
http://senchns3110.web.fc2.com/himeyuri/himeyuri01.htm
第1外科・第2外科・伝染病棟、そして一日橋分院・識名分院というように、 それぞれの病棟に ひめゆりの塔」で有名な第3外科壕から那覇方面に数百メートル戻ったところ、 糸洲の集落の外れにひっそりと「陸軍病院第2外科壕跡」の碑はあります。 かつて壕 

ピックアップ廃墟