筋山砲台 関連ブログ・参考リンク
http://www1.linkclub.or.jp/~oya-wm/simonosekifile/08sujiyamafile/sujiyama.html
左側に九州側の陸地、中央に関門海峡、そして右側から手前にかけて彦島側の陸地が 見えています。 九州側。「笹尾砲台」跡地、「手向砲台」跡地、そして「富野堡塁」跡地が 見えています。 下関市彦島側。「田の首砲台」跡地と「筋山砲台」跡地が見えています。
http://www1.linkclub.or.jp/~oya-wm/simonosekifile/09tanokubifile/tanokubi.html
田の首砲台は、山口県下関市の彦島の、南端西方に作られました。 資料によっては、「 田の首崎砲台」という名で紹介 中央部に少し色濃く見える低い丘が手向砲台跡地、 そのやや左側奥辺りが笹尾砲台跡地です。 海辺に散らばる石垣の残骸です。 中には、 「
http://www.hikoshima.com/photo-shiohama/sujiyama/sujiyama-01.htm
筋山砲台跡. 筋山砲台跡(空撮). 解説文資料収集中です. 彦島筋山砲台跡を2001年12 月22日に見学した際のビデオです。 ISDN DSL/CATV 256kbps DSL/CATV 512kbps. ■塩浜TOP■
http://www17.big.or.jp/~father/shiro/yamaguchi/yamaguchi2.html
2007年1月7日 筋山砲台 左:砲台へと向かう軍道、右:砲座の前縁、塗料は戦時中の迷彩塗装か 左: 西端上にある観測所、右:同左 左:砲座脇 彦島の南端に筋山砲台と田ノ首砲台が築 かれていたが、田ノ首砲台は破壊されて霊園になっている。筋山砲台
http://www.umihikoyamahiko.net/kyusyugai/yamaguchi/sujiyama.html
2011年8月7日 陸軍山から下山後、火ノ山の旧日本軍遺跡案内図やネットでも紹介されていた筋山へ 向かいます。この山も陸軍山同様、砲台があった山ですがマップファンや他のマップに は山の位置に公園マークや「筋山公園」と書かれたものがあり簡単に
http://blogs.yahoo.co.jp/c_xantia_01/44309660.html
その崖下にHPの写真と同じ景色が広がっていた!やっと見つけた!!・・・という感じ。 思いの外広い。 結果から言うと、第一号から第六号まで同じ造りの倉庫(或いは兵舎)と、 それぞれの隣設置された砲台から構成されている。
http://blogs.yahoo.co.jp/c_xantia_01/44309043.html
下関市の西側に彦島という大きな島がある。島と言っても、事実上本州側の下関市とは地続きのようなもので、この間には運河と見紛うような、ごく狭い海峡があるだけである。・・・というような説明は以前も“彦島・水雷発射所”で書いたと思うが、その近くにはやはり“下関要塞地帯
http://www17.big.or.jp/~castles/20070107/suziyama.html
名称, 筋山 ( すじやま ) 砲台.
http://www.hikoshima.com/vestige/sujiyama/sujiyama-04.htm
筋山砲台跡・スケッチ. 砲側庫と砲座の位置関係を受けから見ると上図のようになります 。 砲側庫はV字谷の底に作られた通路から階段数段で下に降りた位置にあります。通路 の中央は凹上に石が組まれています。砲側庫の脇には裏手の砲座に上がる階段が作
http://www.hikoshima.com/legend/sujiyama/index.htm
筋山砲台跡・外観 上の写真は筋山砲台跡を造営するために人力で掘られたV字谷の底です。左手は内陸側で右手が海峡側です。右手に砲側庫(ほうそくこ)が並んでおり、その背後に砲台がすえられていました。
http://www17.big.or.jp/~father/fortress/kanmon/meiji_shimo/suziyama.html
筋山砲台 田の首砲台 弟子待魚雷発射所 2007.1.8 探索(筋山、弟子待) 2011.11.12 探索(筋山) 2015.2.21 探索(田の首) 終戦直後の航空写真(R515-2-1、国土地理院) 霊鷲山山頂付近が龍司山保塁である。戦後、仏舎利塔や