倉谷鉱山(阿賀町) 概要・歴史

倉谷鉱山は新潟県阿賀町にあった鉱山。

金・銀・銅を産出した。

1916(大正5)年に久原鉱業(株)と田辺熊一との共同経営で始まり、後に日本鉱業(株)が経営。 1961(昭和36)年、倉谷鉱業(株)、さらに合同資源産業(株)へと鉱業権が移る。

坑口跡、ズリ跡の他、トロッコ軌道跡らしきものも残るという。

2011年09月15日作成

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倉谷鉱山(阿賀町) 住所

新潟県阿賀町神谷

倉谷鉱山(阿賀町) 種類

廃鉱・採石場跡

倉谷鉱山(阿賀町) 関連ブログ・参考リンク

倉谷鉱山跡
http://mikkun.yu-nagi.com/07min/017kuratani.html
倉谷鉱山跡倉谷鉱山跡新潟県の倉谷鉱山跡を見てきたよ!なんか黄鉄鉱だらけだね今ではね・・・日本金山誌によると大正5年(1916)に久原鉱業㈱と田辺熊一との共同経営で始まり、その後は日本鉱業㈱が単独で開発したらしいですね。昭和31年(1956)~36年(1961)

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