新大谷鉱山は京都府京都市右京区にあった鉱山。 天平6年(西暦760年頃)より弓削道鏡が薬用等に採掘し...

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名称 新大谷鉱山
住所 京都府京都市右京区京北下中町
種類 廃鉱・採石場跡
京都府の廃鉱・採石場跡
スコア
★★★★★★★ 25
現況 現存
評価 ■■

新大谷鉱山 概要・歴史

新大谷鉱山は京都府京都市右京区にあった鉱山。

天平6年(西暦760年頃)より弓削道鏡が薬用等に採掘したとの伝説がある。

近代に入り、1930(昭和5)年頃に土井彌五郎氏が坑内掘り開発。その後鉱業権は転々とし、1969(昭和44)年より白頭鉱業(有)によりマンガンが採掘された。1983(昭和58)年閉山。

閉山後、丹波マンガン記念館が設置され坑口跡などを見学できる。

丹波マンガン記念館は2009年5月31日に閉館されたが、2012年に再開し現役運営されている。

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新大谷鉱山 ストリートビュー・空中写真

新大谷鉱山 関連ブログ・参考リンク

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http://www.miningjapan.org/idx/tanba/index.html
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http://tanbamangan.sakura.ne.jp/history1.htm
新大谷鉱山開発の歴史・天平6年(西暦760年頃)/弓削道鏡が薬用等に採掘したとの伝説あり。・昭和5年頃/土井彌五郎氏(京都府船井郡日吉町)が坑内掘り開発。・昭和10年頃~25年迄/川端清三郎氏(京都府北桑田郡京北町)が開発。・昭和10年頃~20年8月迄/約1,
新大谷鉱山(丹波マンガン記念館)-01
http://orange.zero.jp/zbc54213.wing/sinootani01.html
新大谷鉱山(京都市右京区京北下中町大谷45)(1/2)>「丹波マンガン記念館」と云った方が分かりやすいかもしれません。
丹波マンガン記念館(
http://www.geocities.jp/citorin/tanba00/0814.htm
丹波マンガン記念館(新大谷鉱山跡)見学2000.8.14マンガン鉱山、京都府入場料800円坑道の中は涼しい、縞状のチャート、粘板岩坑道を出ると展示館があり、強制労働として朝鮮から連れてこられた人たち、マンガン鉱物標本など固くて重いマンガン鉱物、当時のマンガン鉱