新屋敷炭鉱

新屋敷炭鉱は佐賀県唐津市厳木町岩屋にあった炭鉱。

1920(大正9)年に日東鉱業が開坑。

その後1923(大正12)年に古川仁一、1924(大正13)年に唐津採炭、1929(昭和4)年に古川鉱業、1938(昭和13)年に藤井鉱業、1939(昭和14)年に日満鉱業、1954(昭和29)年に新屋敷鉱業、1956(昭和31)年に日満鉱業と鉱業権が移る。

1961年(昭和36年)6月に閉山。

たびたびガス爆発等の事故に見舞われ、多くの死者・重軽傷者を出した。

山の斜面に捲座や運炭設備など多くのコンクリート遺構が残り、坑道も見られる。選炭場はゲートボール場となっている。

専用線の橋台も道路脇に残っている。

物件は管理されており、無断侵入や破壊・損壊行為、物品の持ち出し等は法的に禁じられています。航空写真・ストリートビューからの鑑賞を強く推奨します。また周辺地域を訪問される場合でも、公道上から外見のみを見学し、地域の方々に迷惑となる行為は厳に慎まれるようお願い致します。情報は最新の状態を反映しているとは限らず、リニューアル・再生されている場合もあります。当サイトの情報は物件の歴史的に一時的な状態を示しているのみです。また、不使用施設以外の味わい深い施設をおことわりの上紹介している場合がありますのでご注意下さい

新屋敷炭鉱 住所

佐賀県唐津市厳木町岩屋

新屋敷炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

新屋敷炭鉱 画像・写真

新屋敷炭鉱

新屋敷炭鉱 ストリートビュー・空中写真

新屋敷炭鉱 スポット

新屋敷炭鉱 ブログ・リポート

新屋敷 炭鉱 | 鶴嘴さんのブログ
https://ameblo.jp/gmgwwmd0/entry-11492990691.html
今回は、佐賀県の新屋敷炭鉱のアップです地元のオジイさんの話では、「ここは、そこそこ大きかったんよ」との事で、何処に何があったかを聞いた一応、昔と現在の航空写真を確認していると現在の航空写真にポツリ、ポツリと木々の間に何か見えるオジイさんが言うには、「そこら辺は
新屋敷炭鉱 : PHOTRESBIENNE
https://smakiphoto.exblog.jp/23563222/
今年1月に鯛の鼻炭鉱を訪問した翌日に訪問した新屋敷炭鉱。“新屋敷”という地区が無い為、中々場所が特定出来ずに結構迷ってしまった為、到着した時は既に日暮れ・・・2日連続で大好きな炭鉱を急ピッチで捜査する羽目になるとは・・・(いや、計画性無さ過ぎる自分が悪いんです
フクダジマ探検記 新屋敷炭鉱
http://kyuragi2011.blog.fc2.com/blog-entry-111.html
佐賀県唐津市。国鉄唐津線相知駅の南方には、分岐する1本の専用線が存在した。日満鉱業新屋敷炭鉱の専用線である。昭和18年の開通から昭和36年の閉山まで石炭を運び続けている。唐津線から分岐した線路は南に進路を取る。専用線の踏切跡などを探すものの廃線後に住宅化が進み
近代ふぁーん!! 新屋敷炭鉱 
http://nabeshima2010.blog135.fc2.com/blog-entry-151.html
佐賀県唐津市厳木町・・・ここに数多くの痕跡を残す、新屋敷炭鉱跡を訪れた。厳木バイパスICから南西に向け坂道を登ると・・・なんと、おおきな記念碑が!この石碑の大きいこと、さぞ大規模鉱業所であったのだろう、閉山の年昭和36年建立とある。ここからから少し離れたところ
新屋敷炭鉱 専用線跡 急行平戸51号/ウェブリブログ
http://imarihosenku.at.webry.info/201504/article_30.html
それは住宅街の中にひっそりと佇んでおりました。

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