波賀森林鉄道(はがしんりんてつどう)は兵庫県宍粟市(旧・宍粟郡波賀町)にあった森林鉄道。音水森林....

波賀森林鉄道

波賀森林鉄道 概要・歴史

波賀森林鉄道(はがしんりんてつどう)は兵庫県宍粟市(旧・宍粟郡波賀町)にあった森林鉄道。音水森林....

波賀森林鉄道 画像

波賀森林鉄道(2022年12月)。枕木の乗った橋梁跡
提供画像 転載禁止
ガーダー橋跡
提供画像 転載禁止
折れ曲がったレール
提供画像 転載禁止
隧道跡
提供画像 転載禁止
橋梁
提供画像 転載禁止
提供画像 転載禁止
橋脚跡
提供画像 転載禁止
風呂釜
提供画像 転載禁止
概要図
©国土地理院

近くのスポット

波賀森林鉄道 ストリートビュー・空中写真

波賀森林鉄道 関連ブログ・参考リンク

https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-1288583.html
①インクラ橋を渡って平坦な中音水林道を進むと1時間程で林道終点に着き、急な斜面を適当に下ると崩壊の激しい森林軌道跡に出合う。②廃線には多数の鋼橋やコンクリート橋の主桁が残っているが鋼橋のフランジが狭く通過は困難(危険)で、迂回を強いられる。③トンネル内は比較的明るく容易に通過できるが、蝙蝠がぶら下がっている。④広い宿舎跡を探訪して更に上流部の長スパンのコンクリート橋が崩落した個所まで進み、今回の踏査を終了。⑤復路は、左岸(定義:上流から下流を見ての左右)の踏み跡を辿り林道終点で合流して出発地へ帰着する。
http://sputoyo877.com/onzuirintetu.html
中音水篇その1                    2016年6月再訪 前日にYori-yanさん邸にて至高の前夜祭を開催。 ご家族の方々の温かいおもてなしを受け、大満足の前夜祭にさせて頂きました。 ありがとうございました! 前夜祭参加者は、おろろんさん、クイックさん、むねぞうさん、ピカさん、アルプさん、私の計5名。  一夜明け、本日の探索のターゲットである音水林鉄跡にアタックすべく集合した場所が道の駅はが。 ここで、探索からの参加である、はみ男さん、新顔のkazafu700さんをお迎えし、他、おろろんさん、クイックさん、私の計5名でのアタックとなりました。 一口に音水林鉄といっても、結構広大です。 音水林鉄はかつて山崎営林署が運営しており、波賀町(現宍粟市波賀町)に、坂の谷6.7km、上野9.0m、万ヶ谷2.5km、音水2.0km、中音水6.2km、赤西10.8km、かんかけ支線2.6kmの計7路線があった模様です(林鉄の軌跡より)。その中で最も遺構が堪能できそうな、中音水にターゲットを絞り、おろろんエクストレイルにて進軍。 林鉄跡へのアプローチポイントはここです。 映像は一仕事終えて帰ってきた所です。 中音水へのアプローチには左からやってきて、ここで左折します。 道はすぐにダートに変わります。道はあまりよくありませんので、通行は車高の高いSUB車をお薦めします。 ※落石・倒木など多々ありますので、通行の際は自己責任でお願いします。因みに終点まで行くと転回場所がありません。適度な広場で駐車することを推奨します。 左に行けば引原川支流の中音水川源流。 今回行かない直進は音水川の源流となります。  因みにこの道は中音水林道というそうです。 中音水林道最初の橋梁。なんの変哲もない桁橋ですが、そのネーミングが秀逸です。 その名も、   「インクラ橋」 ご丁寧に振り仮名銘板もあります。いや、いらんやろ…(笑) 1991年(平成3年)3月完成。その前の橋の姿を知りたいですねえ。 「インクラ」とは当然インクラインのことだと思われますが…どこか...かし、この施工は新しい感じがします。 石積みを過ぎて振り返り。 これは上部林道の法面補強として施工されたものと感じます。 そしてここを境に軌道跡は姿を消します。 そう。この法面に飲み込まれます。 ここから下り、法面が消えたその後も軌道跡が復活することはありませんでした。 恐らく林道開削時に埋まってしまったものと思われます。 そしてどこかのタイミングで林道と高低差が0になり、合流したのではないかと… 上りに話を戻します。 探索初っ端からいきなり道が悪くなります。  倒木の滝。先が思いやられます。  かなりガレています。 しかし少し行くと、路盤が安定してきました。一同胸を撫で下ろします。  そして!眼前に第一の遺構が姿を現しました。 ネットでも拝見したことのある、物件です。 鋼鉄製のガーダー橋! こんなところにこんな重厚な遺構が残っているなんて、凄すぎます。  コンクリート製の橋台に乗せられた巨大な鉄のカタマリ。 例えバラしたとしても相当な重量があると思われます。当然現場打ちのコンクリ橋台とは訳が違います。 どうやって運んだんでしょうか。トロッコ大連結で運んだんでしょうかねえ。 それでも、どうやって下したんだって話ですが… 濡れてなかったので、行けるかな?と思いつつ、橋上へ。 頑丈なのは分かりますが、やはりこの細高さは怖いですね… 一応、わざわざ渡らなくても下から来れますので。 対岸より。本当に、どうやって架けたの??? 続いてもう一本。 ちょっと見えにくいですが… これも橋梁です。 材質は鋼鉄ではなく、コンクリのようです。上には、ナント枕木が! 対岸より。コンクリ製のこの橋梁の方が分厚く、安定感があります。  橋台は石積みとコンクリの併用のようです。コンクリ桁が乗っかっています。当然鉄筋入りでしょうね。 これは現場打ちなんでしょうかねえ。 切石を空積みしています。無成形っぽいですが、なんとなく谷積みになっています。 いやあ、軌道敷き含めて美麗ですねえ!  ここまで軌道敷きが綺麗に残っているとは思っておりませんでした。 左側には中音水川の堰堤が見えます。 鑑賞ポイントが沢山ありますね~ そして3本目の橋梁が! 以降、 その2 に続く!
https://minoteviii.com/%E6%B3%A2%E8%B3%80%E6%A3%AE%E6%9E%97%E9%89%84%E9%81%93%E3%80%80%E4%B8%87%E3%82%B1%E8%B0%B7%E6%9E%97%E9%81%93%E3%81%AB%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F/325/
波賀森林鉄道は林業の盛んな兵庫県宍粟市波賀町の国有林で木材の搬出を行っていた鉄道です。波賀周囲は森林資源に恵まれ江戸時代から天領であり明治に入ってからは官有林となりました。豊富な木材を搬出するためにかつては木馬道が使われ、明治に入ってからは木馬道を改良して森林鉄道となって行きました。路線は上野にあった貯木場から北上し周囲の谷にあった支線を結んでいました。大正5年に音水~日ノ原間の音水林道(資料によっては音水線と表記)が開通して始まります。その後木材の需要変化や伐採区域の変化により延伸と廃止を繰り返します。戦後には安全性と効率性の高いトラック輸送にとって代わられていき最後に残った中音水林道から引原土場までの路線も昭和43年に廃止され波賀森林鉄道は消えました。
https://blog.goo.ne.jp/jmm001/e/9bab61d1a3c55a909148fcb2a901a0d6
ガイドクラブの例会で中音水へ、音水集落のはずれに駐車して12名で出発。情報では近く「中音水の林鉄跡を歩くツアー」が計画されていてかなり整備されているというのでそれを確かめる目的もありました。私的には今回で6~7回目なのですがいつ来ても危険個所が多くて緊張感とスリルがありなかなか面白いところです。ここから橋(インクラ橋)を渡り林道を歩きます。落石で痛んでいた林道はきれいに整備され歩きやすい。ここから左下へ新設の階段を下ります。 新しい標識が出来て林道から下ったところはかっての森林鉄道の軌道。
https://msx4.hatenablog.com/entry/2017/08/08/000847
お待たせしました。ネットがつながり久々の更新となります。今回は少し長めになりますがお暇でしたらご覧ください。さて今回のターゲットは兵庫県の北西部、宍粟市に存在していた波賀森林鉄道の音水線と中音水線の4つのインクライン(レールが敷かれた斜面を上側からワイヤーで引っ張って昇り降りする装置)です。簡単に説明しますと上野の貯木場から引原川に沿って”大通り”というべき幹線があり、その途中の支流に”脇道”即ち支線が何本も伸びていました。その中でも初期に音水川に沿って作られた音水線と、その隣の中音水川で最後まで稼働していた中音水線には合計4つのインクラインがあったそうです。時に2015年4月、第2次音水アタックを開始・・・ちなみに第1次は2月に訪問しましたが雪で林道にすら入れませんでしたよコンチクショー。それとこの時点ではネットと書籍の情報から「(第1の)インクラの存在」と「中音水の奥にはいっぱい橋がある」しか知りませんでした。
https://ameblo.jp/windy1255/entry-12635075511.html
 10月30日 新戸倉トンネルの兵庫県側入口付近の旧道に自転車をデポ 音水集落の公民館まで行き 横に駐車 元国有林事務所の音水公民館 左は音水林道跡で 今はサイクリングロードになっている入口にトイレがあるここを右手に行く すぐにインクラ橋 橋を渡るとすぐにインクラインの遺構この斜面を登っていたらしいが かなりの勾配だ レールが転がっていた林鉄の橋は 今のインクラ橋のすぐ上手にあったようだ 石垣は林鉄時代の物林鉄跡は今は林道になっているが 落石や倒木が多く 使われているようには無い 紅葉はこれから 雌シカこの後左の斜面を下り 森に消えていった
http://zitabata01jun.blog118.fc2.com/blog-entry-375.html
今日は2回目の、「山あそ」さん主催の中音水にある森林鉄道跡の探索です。  今回は、おっさん4名での探索です。まずは、林道歩きが2kmほど続きます。傾斜がそうきつくないのと、朝はまだ元気なので、おしゃべりしながら進めます。林道終点に着きます。Uターンできるスペースもなく唐突に終わっています。まだ、延ばすつもりなのでしょうか。
https://kurakuen4.muragon.com/entry/15.html
目的は山奥に残る森林鉄道跡の探索です。ご参考までに、森林鉄道は今から約100年前頃から50年間ほど、日本各地に敷設され伐採した木材を麓まで運ぶための小型の鉄道です。ネタ元はある滝メグラーの方のブログで、その存在を知った友人の高山長さんが9月に途中まで行き、同じブログを見ていたワタシが歯ぎしりをしてうらやましがったのに事の発端はあります。
http://blog.livedoor.jp/hami_orz/archives/52184386.html
2016年6月某日8:30おろろn号で謎の林道へ(・(ェ)・)が出る可能性があるため熊鈴装備λλλλ...λ.......9:06林道は行き止まり標柱には「↑引原川支流 中音水川源流」とある