美幸線 概要・歴史

美幸線(びこうせん)は、北海道中川郡美深町の宗谷本線美深駅を起点とし同町内の仁宇布(にうぷ)駅に至る国鉄の鉄道路線。

1964(昭和39)年10月5日、美深 - 仁宇布間 (21.2km) が開業。

美深より仁宇布を経てオホーツク海沿岸枝幸町の興浜北線北見枝幸駅に至る計画だったが、仁宇布から枝幸方にかけて一部工事が行われたものの、1980(昭和55)年の国鉄再建法施行を受けて特定地方交通線に指定され、1985(昭和60)年に全線廃止された。

仁宇布付近の一部の廃線跡は美深町のNPO法人「トロッコ王国美深」によって、1998(平成10)年からエンジン付きの保線用軌道自転車の運転体験ができる「トロッコ王国」に転用されている。

未成区間にある第二大曲トンネルは北海道道120号美深中頓別線の「天の川トンネル」として転用された。

未成区間のうち約7キロメートルは観光用の鉄道線として転用する計画も挙がっているが、実現には至っていない。

他にコンクリート橋梁跡などが複数残されている。

状態
2019年05月21日 更新

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美幸線 住所

北海道中川郡美深町仁宇布

美幸線 種類

廃線・鉄道駅

美幸線 画像・写真

美幸線線路
美幸線線路
美幸線橋梁
美幸線橋梁

美幸線 ストリートビュー・空中写真

美幸線 スポット

美幸線 関連ブログ・参考リンク

廃線研究所 国鉄美幸線 現地調査1
http://www.ogaemon.com/haisen/bikou-sen/bikou-pt1.html
右の写真は上の写真の橋梁の仁宇布側の写真です。道路の上がった所が橋梁のある 所で、その反対側に線路の盛土があるはずなのですが一切無くなっていました。写真 では見にくいかもしれませんが、2本の電柱が異常に高くなっているのです。どうやら 盛土
廃線研究所 国鉄美幸線
http://www.ogaemon.com/haisen/bikou-sen/bikou.html
しかし、時の国鉄は膨大な赤字を抱えており新線建設の計画に疑問符が打たれました。 その上、乗客数の少ない赤字線も廃止の対象になりました。美幸線は営業係数(100円 の収入に対してどれぐらい経費がかかるかの指数)が日本一大きい赤字線となって
美幸線廃線跡調査2
http://www.tetsuroni.jp/haisen/bikou2.html
美幸線廃線跡調査 2. 調査結果 2000年8月), 倉庫が斜めに建っていることから、ここ を美幸線が通っていたと推測できる。(美深駅のすぐ南) 当時の姿のまま残る仁宇布 駅ホームには美幸線とは関係ないと思われる電車が1両止まっていた。 訪れた日は
美幸線廃線跡調査1
http://www.tetsuroni.jp/haisen/bikou1.html
美幸線は宗谷本線の美深から仁宇布を経て歌登を経由し、北見枝幸に至る79Kmの 鉄道になるはずだった。工事開始は昭和32年。美深~仁宇布間の開業は昭和39年。 その後も工事は続けられ、昭和51年までにほとんどの路盤工事が完成したが、昭和55 年
国鉄美幸線廃線跡
http://homepage3.nifty.com/haisentetsudouryou/016bikou1.html
国鉄美幸線こくてつびこうせん 沿革1953、8、1 予定線 改正鉄道敷設法に144-2項 「天塩国美深ヨリ北見国枝幸ニ至ル鉄道」 を追加1956、2、24 調査線1957、4、3 工事線1964、10、5 美深~ 廃線跡の状況路盤、橋梁、トンネルがほぼ残っている。
1836話 ~ 天の川トンネル!~
http://maruhogenkinotane.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/1836-b10d.html
なんと、旧国鉄時代、美幸線(美深町⇔枝幸町)を作っていた時のトンネルだったのですが、廃線によって、そのままにされたいたトンネルを、道路のトンネルとして復活させた・・・! 実にロマンティックですね(笑)。
美幸線--廃線前を訪ねて
http://kitagawa.tv/travel/haisen/n/bikou.htm
旭川の北、美深駅より分岐する美幸線は、その名前が示す通り、美深と北見枝幸(きた みえさし)を結ぶ路線として、まず美深-仁宇布間が1964年に開通した。そして北見 枝幸に向かう路盤の大部分が出来ていたにもかかわらず、85年に廃線になった。
美幸線--廃線前を訪ねて
http://www.kitagawa.tv/travel/haisen/n/bikou.htm
旭川の北、美深駅より分岐する美幸線は、その名前が示す通り、美深と北見枝幸(きた みえさし)を結ぶ路線として、まず美深-仁宇布間が1964年に開通した。そして北見 枝幸に向かう路盤の大部分が出来ていたにもかかわらず、85年に廃線になった。
仁宇布駅 - 北海道の鉄道廃線跡の旅
http://haieki.tsuchibuta.com/haisen/bikousen/bikousen.html
「仁宇布駅・駅舎」美幸線廃線跡・廃駅は「北海道の鉄道廃線跡の旅」内のページです. 智東駅の駅舎 その建物の隣には、平成18(2006)年3月18日に廃止された宗谷本線 ・智東駅の車掌車改造駅舎がありました。何故此処に・・・。 何にしても、残ってくれて
美幸線夢の跡 #5 川の流れと時の流れ
http://donburi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-bcbd.html
一方、この地に鉄路が走っていたのは、あっという間の短い出来事。 森の奥、橋梁がひっそりとゆっくりと朽ちていく。時の流れに身を任せて。 [ 2011-5-21 旧美幸線 廃線跡 (北海道中川郡美深町)] (写真はクリック
美幸線夢の跡 #4 レールのない橋梁
http://donburi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-1b36.html
美幸線の廃線跡は、ペンケニウプ川の清冽な流れを何度も渡っている。 比較的下流にある橋梁のひとつに立ち寄ってみた。 水の音だけが辺りに響く中、レールを失った橋梁は傷みつつも存在感を示していた。 残った路盤とバラストの間から木が生えている。
美幸線夢の跡 #3 夢のかなたへ
http://donburi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-fdc5.html
途切れたレールは森の向こうへ。鉄路の記憶は夢のかなたへ。 [ 2011-5-21 旧美幸線 廃線跡 (北海道中川郡美深町)] (写真はクリックで大きくなります)
美幸線夢の跡 #2 ゆるやかなカーブ
http://donburi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-13f4.html
でも、へろへろのレールからその面影を想像するのはちょっと難しい感じです。 もっとも、現在では小さなトロッコが歓声とともに往来していますが。。。 [ 2011-5-21 旧美幸線 廃線跡 (北海道中川郡美深町)] (写真はクリック
美幸線夢の跡 #1 森の向こうへ
http://donburi.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-009e.html
「道北奇景」と題して、北海道は宗谷本線や旧美幸線の独特な風景を出展しました。 このカットは、美深と仁宇布(にうぷ)を結んでいた旧美幸線の廃線跡のうち、 トロッコ王国の線路として活用されている区間で撮影しました。
美幸線廃線跡調査3
http://www.tetsuroni.jp/haisen/bikou3.html
丙線規格であるため、この間信号場も作られる予定はなかったようだ。 美深町と枝幸町にまたがる黒岩トンネルは山深い所にあるようで、近くに行く道路もなさそうだったので確認できなかった。黒岩トンネルを抜けたあとは、道道から川を挟んだ対岸の高い場所を 
美幸線 - 街と鉄道
http://tkohara.la.coocan.jp/douou7.htm
国鉄美幸線. 【日本一の赤字線】 各鉄道路線の営業成績を示す数値として、「収支係数」が用いられます。収支係数の定義は、「100円の収入に対し、いくらの経費を必要とするか」です。つまり、収支係数が100を超えるなら赤字路線なわけですが、この収支係数 
廃線跡探訪(美幸線)
http://rdsig.yahoo.co.jp/rss/l/blog/search/article/item/RV=1/RU=aHR0cDovL2Jsb2dzLnlhaG9vLmNvLmpwL25vcnRoZm94XzAwLzEyNDkxNTUxLmh0bWw-
美幸線は日本一の赤字線(営業係数3,859)として有名でした。(もっとも、営業係数が最悪だっただけで、赤字額が日本一だったわけではありません)それを逆手にとって

ピックアップ廃墟