今出銅山 概要・歴史
川之石に巨大選鉱場跡
今出銅山(今出鉱山)は愛媛県八幡浜市(旧・西宇和郡日土村(ひづちむら))にあった鉱山。
18世紀初頭に日土村今出川の水源、標高300mの斜面で発見され、以後、採掘と閉山を繰り返す。明治に入り、1887(明治20)年頃から開発され、梶谷坑、平岩坑、見上谷(けんじょうだに)坑などの支坑が次々発見される。煙害が深刻となったことから、1893(明治26)年に浦中友次郎、白石和太郎らの出資により佐島精錬所を開設した。
1937(昭和12)年に昭和鉱業(株)が買収、今出本坑、二坑、見上谷坑、平岩坑などが盛んに採掘される。1940(昭和15)年には川之石に選鉱場が建設され、二坑から約4.5kmの索道が架設された。銅鉱はこの選鉱場から佐賀関の精錬所に運搬された。
太平洋戦争の激化に伴い、1945(昭和20)年4月に休山。
戦後は1948(昭和23)年に東方鉱業(株)が引き受け、1952(昭和27)年から今出本坑、輝坑の採掘が始まったが、品位が低かったこと、銅価格の低迷などにより1958(昭和33)年に閉山した。
今出銅山跡には坑口跡、石積み跡などがわずかに残る。また川之石(地図位置)に巨大な選鉱場跡が見られる。選鉱場のうち、西側の併置部分は宅地開発され、東側の斜面にあった階段状部分は丘として残り、草木に埋もれている。また宅地の中に、敷地がシックナー跡をそのまま利用したらしい箇所が見られる。
(※参考:『八幡浜市誌』(八幡浜市、1987年3月))
2024-03-01