持越鉱山 概要・歴史

持越鉱山(もちこしこうざん)は静岡県伊豆市に存在する金鉱山。「M越鉱山」等として紹介されていることもある。

1914(大正3)年に鉱区発見。1932(昭和7)年に持越金山(株)設立、1934(昭和9)年より操業開始。1936(昭和11)年、持越金山株式会社が朝鮮半島の鉱山などを吸収合併し、中外鉱業株式会社に商号変更。最盛期には3000人を越える鉱山町が形成されたという。

1937年に坑内ガス爆発事故により48名死亡。1958年には狩野川台風による河川氾濫のため、事務所や社宅が流出する事故があった。また、1978年には伊豆大島近海の地震で鉱滓ダムが決壊、シアン化合物が狩野川へ流出した。

現在は採掘を休止し、廃棄された電気製品などから金・銀をリサイクルする事業が行われている。

使用されなくなった古い事務所や工場、巨大な選鉱場跡などが残る。

状態
痕跡を残しての再利用・一部現役・一部解体等、通常の不使用状態ではありません
2019年01月19日 更新

持越鉱山 住所

静岡県伊豆市持越

持越鉱山 種類

廃鉱・採石場跡

持越鉱山 画像・写真

持越鉱山
持越鉱山
持越鉱山

持越鉱山 ストリートビュー・空中写真

持越鉱山 スポット

持越鉱山 ブログ・リポート

清越鉱山、持越鉱山、湯ヶ島坑(2)
http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn011/seigoshi/seigosh2.html
持越鉱山跡】. 県道59号沿いにある鉱山跡→地図 清越鉱山操業当時、清越の金鉱石は 、持越事業所に運ばれて、金の精錬が行われていたそうだ。 中外鉱業が現在、持越 鉱山を管理している筈だから、現地までは行けるってことだな。道幅に狭い部分もあっ
西伊豆から ぬるでんぼう/ウェブリブログ
http://kosmochlor3.at.webry.info/200612/article_1.html
湯ヶ島層群の分布する伊豆半島には金鉱山が多い、土肥町から天城湯ヶ島町に掛けての土肥、清越、持越、湯ヶ島の4鉱山、 修善寺の大仁、太平の2鉱山、 河津地区の河津、縄地、奥山、大松の4鉱山等で現在は殆どが廃坑となっているが 
【廃墟】M越鉱山|廃墟巡行-tourstoruins-
http://ameblo.jp/fury99/entry-10876916496.html
[所在地]静岡県伊豆半島某所[探索年月]2011年1月伊豆の山間に今も残る巨大な木造の選鉱場。ここは1914年第一次世界大戦の年に発見された金鉱山です。鉱山としての歴史には終止符が打たれていますが、道路沿いの工場では廃棄された電気製品などから、金・銀をリサイク
FP渡辺のちょっといいはなし : 持越鉱山
http://blog.livedoor.jp/rikiyasan3445/archives/5091475.html
ワタシが小学生の頃ここから「シアン化合物」が流出して、狩野川が真っ白になったのを覚えています。「もうフナ釣れないじゃん」って思いましたが1年くらいで元に戻ったような気がします、ハッキリとは覚えてないんですけどね~。
持越鉱山 ( その他趣味 ) - 樫井が雑感を綴るような感じ - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/kashii_gannyuu/14697045.html
2014年8月訪問。1934年に操業を始めたようですね。選鉱場はがらーんとしてます。今日は無口な感じです。実はしゃべることがないだけなんですが。・・・・・・・・・・・・これは入ってる状態なんでしょうか?金液がゴージャスな響きです。・・・・・・・
持越鉱山|古都コトきょーと
http://www.syasin.biz/page/motikoshikozan/
下田街道・湯ヶ島温泉から県道59号線を仁科峠方面に7kmほど進んだ所に廃鉱山があるというので行ってきました。 湯ヶ島層群の分布する伊豆半島は土肥金山といった有名な金鉱山が多く、この持越金山も金の鉱山として知られています。
Underground river - 遺構調査機構(廃墟 地下道 地下通路 坑道
http://ruin-explorer.com/motikosi01/motikosi01.html
持越鉱山 廃墟 鉱山 廃坑 坑道 廃鉱 Underground river 鉱区自体は広大な規模を持つが 今回はその中でも詳細が分からない坑道に潜入 状況動画:動画レポート
持越鉱山
http://kodou.lolipop.jp/motikosi-mine.htm
M越鉱山探索2007年8月8日M越鉱山の成り立ちM越鉱山で鉱区が発見されたのは、1914年(大正3年)であったという。1932年(昭和7年)にM越金山株式会社が設立され、1934年(昭和9年)にS越鉱山を買収して、S越鉱山がM越支山として本格的操業を開始した。
持越鉱山 | Departure
https://departure.amebaownd.com/posts/5563367
1934年から操業開始の金鉱山。1937年に坑内ガス爆発事故により48名死亡。1958年には台風被害、1978年には地震でダムが決壊し、シアン化合物が狩野川へ流出した。現在は採掘を休止し、廃棄された電気製品から金・銀をリサイクルする事業が行われている。持越鉱山
持越鉱山(1)【ジャンダルム】: たなぼた
http://yoshio-niikura.cocolog-nifty.com/tanabota/2014/03/post-07b2.html
湯ヶ島鉱山と同じく、中外鉱業が採掘していたのが「持越鉱山」だ。同じ中伊豆に位置し、湯ヶ島から県道59号線をさらに西進した所にある。ここ持越で金鉱が発見されたのは、1914年(大正3年)のこと。昭和になって持越金山会社が設立され本格操業が開始され、昭和初期の最盛

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