大仁鉱山(おおひとこうざん)は静岡県伊豆市(旧・修善寺町)瓜生野(うりゅうの)にあった金鉱山。大....

大仁鉱山 お気に入りに追加

名称 大仁鉱山
住所 静岡県伊豆市瓜生野
種類 廃鉱・採石場跡
静岡県の廃鉱・採石場跡
スコア
★★★★ 112
現況 現存
評価 ■■■
画像 photos 大仁鉱山の写真

大仁鉱山 概要・歴史

浮遊選鉱場のコンクリート基礎

大仁鉱山(おおひとこうざん)は静岡県伊豆市(旧・修善寺町)瓜生野(うりゅうの)にあった金鉱山。大仁金山とも呼ばれ、「O仁金山」等として紹介されていることもある。

天正年間に発見され、江戸時代の慶長年間に最盛期を迎えた後に休山する。

近代に入り、1933(昭和8)年に帝國産金興業株式會社が買収し「大仁鉱山」として操業を再開した。1936(昭和11)年には一日100トンの鉱石の処理が可能な浮遊選鉱場が建設され、金精鉱は伊豆箱根鉄道の貨物列車で日立鉱山に運搬された。

1935(昭和10)年にボーリングの際に温泉が湧出し、労働者向けの公衆浴場として活用される。さらに1942(昭和17)年にも鹿之原坑で温泉が噴出したことから、観光客向けのヘルスセンター「帝産閣」(後の「帝産ヘルスセンター」)として開業した。

1943(昭和18)年には金鉱山整備令により休山し、坑道に航空機部品工場を建設する計画が立てられたが、戦後の1949(昭和24)年に再開する。

金価格の低迷、人件費の高騰、施設老朽化などに加え、1958(昭和33)年の狩野川台風による被害を受け、1973(昭和48)年に閉山した。選鉱場および坑道の一部はダイキャスト工場に転用された。

閉山後も「帝産ヘルスセンター」はダイキャスト工場と共に営業を続け、ジャングル風呂や黄金風呂、温水プール、旅館、釣り堀などを増設。最終期の入場料は1200円だった。

「ヤマケイガイド7伊豆半島・伊豆七島」(山と渓谷社、1989年6月改訂第6版発行)には「年中泳げる温泉プールや大温泉風呂、ショーを行っている」と「帝産ヘルスセンター」が紹介されている。

「車で行って遊んで泊まる伊豆」(昭文社、1990年7月)には「25mの温泉プール、フィッシングセンター、演芸ホール、食堂などを完備」と紹介されている。

「帝産ヘルスセンター」は施設老朽化等により1990年代に閉業。電話帳には1993年にのみ記載があるため、1993年前後まで営業していたらしい。

また鉱山跡地には西部劇やゴールドラッシュ時代のアメリカを模したミニ遊園地「ゴールドタウン」が作られ、ヘルスセンター付近に連絡用のトンネルが作られて坑道内部の見学もできたという。ただしこれらの遊園設備は比較的早い段階で閉業したらしい。

2000年頃までは、鉱山施設に加えヘルスセンター跡が廃墟として残され、とりわけ狩野川の対岸から望める旧浮遊選鉱場は多くの廃墟ファンを惹き付けた。当時の浮遊選鉱場は、階段状のコンクリート基礎の上に木造のトラス構造で構築されていて、数千枚におよぶガラス窓が壁とそそり立つ壮大なもので、閉山後は窓ガラスがほとんど割れ、圧倒的な廃墟景観を誇っていた。

選鉱場頂上部にある「帝産 大仁鉱山」の巨大看板がよく知られていたが、これは閉山後に設置されたものらしい。映画やテレビドラマのロケなどにも使用されていた。

荒廃が進み、さらに放火と見られる不審火が発生したことから、2001年頃に主な鉱山施設群はヘルスセンターやダイキャスト工場と共に解体された。

現在は山の斜面に浮遊選鉱場のコンクリート基礎と、シックナーらしいタンク状の遺構のみがが残されている。他に山中には山神社の遺構が見られる。

大仁鉱山 画像

大仁鉱山(2023年11月)
大仁鉱山(2023年11月)
© 2024 廃墟検索地図 Haiken 転載禁止
巨大な浮遊選鉱場のコンクリート基礎
巨大な浮遊選鉱場のコンクリート基礎
© 2024 廃墟検索地図 Haiken 転載禁止
シックナーらしい遺構
シックナーらしい遺構
© 2024 廃墟検索地図 Haiken 転載禁止
大仁鉱山
© 2024 廃墟検索地図 Haiken 転載禁止
大仁鉱山
© 2024 廃墟検索地図 Haiken 転載禁止
大仁鉱山
© 2024 廃墟検索地図 Haiken 転載禁止
積み込み設備だろうか
積み込み設備だろうか
© 2024 廃墟検索地図 Haiken 転載禁止
大仁鉱山(2022年3月)
大仁鉱山(2022年3月)
提供画像 転載禁止
大仁鉱山
提供画像 転載禁止
大仁鉱山
提供画像 転載禁止
大仁鉱山
提供画像 転載禁止
大仁鉱山
提供画像 転載禁止
「ヤマケイガイド7伊豆半島・伊豆七島」(山と渓谷社、1989年6月改訂第6版発行)より
「ヤマケイガイド7伊豆半島・伊豆七島」(山と渓谷社、1989年6月改訂第6版発行)より
「ヤマケイガイド7伊豆半島・伊豆七島」(山と渓谷社、1989年6月改訂第6版発行)より
「ヤマケイガイド7伊豆半島・伊豆七島」(山と渓谷社、1989年6月改訂第6版発行)より
「車で行って遊んで泊まる伊豆」(昭文社、1990年7月)より
「車で行って遊んで泊まる伊豆」(昭文社、1990年7月)より

近くのスポット

大仁鉱山 ストリートビュー・空中写真

大仁鉱山 関連ブログ・参考リンク

帝國産金興業大仁鉱山跡 (1999年1月)
http://www.funkygoods.com/hai/oohito/oohito_a.html
この廃墟は、残念ながら1999年9月に取り壊されてしまった。ここに掲載した写真
帝國産金興業大仁鉱山跡
http://www.funkygoods.com/hai/oohito/oohito_top.html
このページに掲載したコンテンツは、既に「写真館」で公開されている「帝國産金興業 大仁鉱山
帝國産金興業大仁鉱山跡 (2003年3月)
http://www.funkygoods.com/hai/oohito/oohito_c.html
2003年3月、撤去された後の大仁鉱山を再訪した。大仁鉱山と帝産ヘルスセンターの 建造物
帝国産金興業大仁鉱山
http://kaede472.web.fc2.com/ruins02_110.htm
帝国産金興業大仁鉱山. 再訪の大仁金山。今回はこの前よりもうちょっと奥に行ってみます。 いきなり頂上から。この直線美がイイですね。 更に頂上の奥の方にこの神社がありますが、ここまで来るのにえらい苦労がありました。 台風の爪跡がすごくて大木が
#020 帝國産金興業大仁鉱山跡
http://www.geocities.jp/corruption_and_decadence/cn4/cn8/020.html
#020 帝國産金興業大仁鉱山跡. Enable JavaScript in your browser. このウェブ サイトはJavaScriptをオンにしてご覧. 04_spacer.gif. top ・ photo ・ profile ・ bookmark ・ bookshelf. #020 帝國産金興業大仁鉱山跡. Ohito Mine. DSC_0197.jpg ・ DSC_0214.
大仁金山に残るインクライン(後編): たなぼた
http://yoshio-niikura.cocolog-nifty.com/tanabota/2011/06/post-b574.html
2011年6月3日 Ouhito_15 探索を終え、再び住宅が見える鉱山の前端部分まで戻った。 ここは大仁 鉱山の最上部。 下からはおよそ100mもの高さがある。 廃墟となった今も、鉱山はなお 遙かな街を見下ろし続けていた。 鉱山の 廃墟となりて 薮枯らし
大仁金山は今~その1
http://kodou.lolipop.jp/ohito-mine.htm
2007年9月22日 近代鉱山として操業が始まったのは、1933年(昭和8年)、帝国産金興業株式会社が 既存の鉱区を買収し、大仁鉱山として鉱区を再開してのことである。 その後順調に採掘 と選鉱を続けたものの、1943年(昭和18年)、金山整理令が発布され
Gold mine OHITO
http://www.geocities.jp/shyu0530/ohitomine.html
帝国産金興業 大仁鉱山 廃鉱 廃坑 廃鉱山 坑道 地下 【単独潜入】 Gold mine OHITO. この鉱山は静岡県田方郡修善寺町瓜生野(うりゅうの)にあった金山である。 旧大仁町 との境界があった狩野川のほとり、台地上にある瓜生野地区が主な金の採掘場であり、
大仁金山
大仁金山 リンク切れの可能性があります
http://www6.airnet.ne.jp/~mura/mine/chubu/izu/oohito01.html
大仁鉱山顕彰碑. 昭和二十八年秋 武者小路実篤 文並に書, て当地方に対し貢献する 事大なるは当鉱山の名誉といふべし 有望性を認め昭和八年に鉱山再掘に着手し, に 喜ばした由緒ある鉱山なり其後廃坑になり三百有余年埋没の運命を辿りし, 当大仁鉱山
Gold mine OHITO
http://ruin-explorer.com/oohito/oohito.html
大仁鉱山として操業を再開する。当時、国策によって金鉱山の開発が奨励されており、 同鉱山の開発もそうしたあらわれの一つであった。同鉱山は隣接する零細鉱山を買収 すると共に、 金鉱石の処理能力を高めるため1936年には一日100トンの鉱石の処理が
大仁金山に残るインクライン(前編): たなぼた
http://yoshio-niikura.cocolog-nifty.com/tanabota/2011/06/post-e07b.html
伊豆の下田街道、大仁を走っていると、車内から巨大な鉱山跡を見ることができる。昔からの名所で、正式名は「帝國産金興業・大仁鉱山」かつては左の写真のような姿だったことを覚えている。残念ながら、数年前に完全に建物は解体され、今では右の写真のようにコンクリートの土台だ
Paper mode |廃墟・・・番外編「帝産大仁金山跡」
http://kpaper12.blog13.fc2.com/blog-entry-121.html
1573年から1593年、天正年間に発見から1973年の閉山までにいたる中で様々な歴史があるであろうこの大仁金山。主な主要鉱物は自然金や、ほかに石英、黄鉄鉱、閃亜鉛鉱。閉山後も、ヘルスセンター、ダイキャスト工場は1990年までは操業が続いていた。そして、200
廃墟集1 街を見下ろすステージ~O仁金山 その1
http://happytown.orahoo.com/phphope/view/v_genre_view2.php?SearchStrings=&UserID=47825&PageNo=3&GenreNo=1&XUserID=47825&SearchGenreNO=&VGenreNo=&GenreOID=168122&DataNo=44&GenreName=
廃墟集1街を見下ろすステージ~O仁金山その12006/09/262005年12月伊豆方面廃徊の一環として廃虚とは若干趣向は違うが鉱山跡地であるO仁金山を訪問した。かつてはこの場所にかなりイイ味の廃ヘルスセンターもあったようだが現在では既に真新しい温泉施設に生ま
フレアスタック 大仁金山
http://flarestack.blog99.fc2.com/blog-entry-127.html
まずは大仁金山跡。伊豆半島の真ん中くらい?にある金鉱山跡地。10年ほど前に解体されてしまい、今では伊豆温泉村の駐車場という不思議な再利用をされている廃鉱山跡です。ここは階層式の精錬所跡でしたが、完全解体されてしまって現在は基部を残すのみ。解体前の姿は私も写真で
FP渡辺のちょっといいはなし : 大仁金山
http://blog.livedoor.jp/rikiyasan3445/archives/4933490.html
山の上にはまだ遺構が残っているそうです。
FP渡辺のちょっといいはなし : 大仁金山
http://blog.livedoor.jp/rikiyasan3445/archives/4351818.html
最近までそれっぽい廃墟が残っていました。ワタシがコドモの頃は博物館的な建物も残っていて、何度か父親に連れて行ってもらった記憶があります。百笑の湯のメロンパン(130円)は激旨です、是非!
大仁鉱山 関連ワード
  • 大久保長安
  • 徳川家康
  • 採掘
  • 松平忠輝
  • 武田氏
  • 沼津
  • 街道
  • 軍資金
  • 金山