大仁鉱山 概要・歴史
浮遊選鉱場のコンクリート基礎
大仁鉱山(おおひとこうざん)は静岡県伊豆市(旧・修善寺町)瓜生野(うりゅうの)にあった金鉱山。大仁金山とも呼ばれ、「O仁金山」等として紹介されていることもある。
天正年間に発見され、江戸時代の慶長年間に最盛期を迎えた後に休山する。
近代に入り、1933(昭和8)年に帝國産金興業株式會社が買収し「大仁鉱山」として操業を再開した。1936(昭和11)年には一日100トンの鉱石の処理が可能な浮遊選鉱場が建設され、金精鉱は伊豆箱根鉄道の貨物列車で日立鉱山に運搬された。
1935(昭和10)年にボーリングの際に温泉が湧出し、労働者向けの公衆浴場として活用される。さらに1942(昭和17)年にも鹿之原坑で温泉が噴出したことから、観光客向けのヘルスセンター「帝産閣」(後の「帝産ヘルスセンター」)として開業した。
1943(昭和18)年には金鉱山整備令により休山し、坑道に航空機部品工場を建設する計画が立てられたが、戦後の1949(昭和24)年に再開する。
金価格の低迷、人件費の高騰、施設老朽化などに加え、1958(昭和33)年の狩野川台風による被害を受け、1973(昭和48)年に閉山した。選鉱場および坑道の一部はダイキャスト工場に転用された。
閉山後も「帝産ヘルスセンター」はダイキャスト工場と共に営業を続け、ジャングル風呂や黄金風呂、温水プール、旅館、釣り堀などを増設。最終期の入場料は1200円だった。
「ヤマケイガイド7伊豆半島・伊豆七島」(山と渓谷社、1989年6月改訂第6版発行)には「年中泳げる温泉プールや大温泉風呂、ショーを行っている」と「帝産ヘルスセンター」が紹介されている。
「車で行って遊んで泊まる伊豆」(昭文社、1990年7月)には「25mの温泉プール、フィッシングセンター、演芸ホール、食堂などを完備」と紹介されている。
「帝産ヘルスセンター」は施設老朽化等により1990年代に閉業。電話帳には1993年にのみ記載があるため、1993年前後まで営業していたらしい。
また鉱山跡地には西部劇やゴールドラッシュ時代のアメリカを模したミニ遊園地「ゴールドタウン」が作られ、ヘルスセンター付近に連絡用のトンネルが作られて坑道内部の見学もできたという。ただしこれらの遊園設備は比較的早い段階で閉業したらしい。
2000年頃までは、鉱山施設に加えヘルスセンター跡が廃墟として残され、とりわけ狩野川の対岸から望める旧浮遊選鉱場は多くの廃墟ファンを惹き付けた。当時の浮遊選鉱場は、階段状のコンクリート基礎の上に木造のトラス構造で構築されていて、数千枚におよぶガラス窓が壁とそそり立つ壮大なもので、閉山後は窓ガラスがほとんど割れ、圧倒的な廃墟景観を誇っていた。
選鉱場頂上部にある「帝産 大仁鉱山」の巨大看板がよく知られていたが、これは閉山後に設置されたものらしい。映画やテレビドラマのロケなどにも使用されていた。
荒廃が進み、さらに放火と見られる不審火が発生したことから、2001年頃に主な鉱山施設群はヘルスセンターやダイキャスト工場と共に解体された。
現在は山の斜面に浮遊選鉱場のコンクリート基礎と、シックナーらしいタンク状の遺構のみがが残されている。他に山中には山神社の遺構が見られる。